ドラマ

ちびまるこちゃん
おもしろそうだな
みたいなぁ~ݤ

わぁ~い

わたしの好きなわたしの顔が戻ってきた~^^
ここ2日、からだが本当のわたしに戻るために(って感じで)ものすごい勢いで寝ました。
こういうのは、芝居やってた頃以来かも。
芝居の時は、2ヶ月かけて別の人間に生まれ変わったのを、
1週間くらいで自分に戻るために(って感じで)寝まくってました。
多分からだの中では実際そういう作業が行われていたんだと思います。
つくづく思うけど、自分の居心地のいいからだに入っていたいものですね。
私は、からだはこころの現れだと思っているので(というか私のからだはそうなってる)
からだが大丈夫ならこころも大丈夫です。
こころが大丈夫ならからだもGOODです。
数年前から40歳で完璧なかたちのからだになるって目標だったんだけど
今のかたちはおおむね理想的です!
というのは、親や神さまから与えられた素材をかなりいい状態で活かしている、という意味で。
以前はもっとずうっと痩せないと叶わないと思っていたんだけど
今の体重は、私の上下範囲の中でも上の方です。(多いほう)
ここ1~2年の間で今より4キロくらい少なかった時があるんだけど
その時は周りの方々から痩せ過ぎだとか大丈夫?だとか心配されました。
しかもそれでもからだの線は気に入らないところだらけでした。
今は、気になっていた足がかなりかわいいラインになってきましたよ。
おなか周りは元々あまり太くなりにくいんだけど
やや増えていたのを59~60センチに戻しました。
あともう一箇所だけ、改造中です。
でも私にとって大事なのは、かたちをコントロールする手段を手に入れたということです。
それさえ知っていれば、どっちへ転んでも怖くはないですものね^^
(あとは努力でなんとでもなりますもの。)
私が日々心がけているのは、日々上質な時間を過ごすということ、です。
私は決まった会社にお勤めしているわけではないので
ライフスタイルを自分でカスタマイズできます。
でも、お気に入りとか理想の状態にカスタマイズするには
自分のニーズを知り、自分が選べる立場でいられるように
自分自身を高めていかなくてはなりません。
自分の商品価値を知り、必要としてもらえるような自分でいること。
そのために自分を磨くことは怠れません。
ここ数年私が取り組んできたのは、歌を歌いながら暮らせること。
(コンスタントにプロとして自己表現をし修練をしつつ生活する)
同時に映像の仕事の売り込みやオーディションを受けるために
自由に時間を使えるスタイルを保つ。
心身共に良いバランスで、セラピーの仕事をする。
ですから、今ようやく思うようなライフスタイルが整っているような感じです。
(時々テレビなどの仕事もできていますし)
十年前の、地球でカンペキ迷子だった頃を思えば夢のようです。
迷子だった頃は、有名になるとか地位とか何らかの称号を外から与えられるまでは
今のような心境になれないと思っていました。
でも今、私はとても質の良い時間を過ごさせていただいていると思います。
どこで何をしていようと、私が私であること。
それが私にとって一番大事なことです。
仕事をする時、それがなんであれ、プロとしてベストを尽くすことができる、
私はそういう奉仕ができる自分という存在に喜びを感じます。
時としてキャパを超えるような試練がやってきては
また私を大きくしてくれる。
そんな時はぎゃあぎゃあ言いながらも必死にがむしゃらに立ち向かっていきたいと思います。
乗り越えた時は以前より絶対自分を好きになっていると思うから。
そんな感じで日々を暮らしていければきっと
今の時点からは想像もつかないようなすばらしい未来があちらからやって来るんだろうな。
今までもそうだったように。
私の目標というのは、○○になりたい、○○をやりたいというよりはですね
私が私でありながら(お気に入りの私でありながら)
他人の幸せに貢献し世界の平和に貢献し
幸せな家族や仲間たちと愛に満ちて愛を感じながら
愛にあふれた心持ちで暮らしていたいということです。
理不尽に苦しむ人たちの心にこそ安らぎを
繊細で優しい人にこそ幸あれ!

サンク・ユー

昨日のサンクは久々の満卓!満席!
先々週まで、本当にがらがらだったのに・・ウレシかった☆
(3週連続でいらしてくださったMさん、楽しかったです。ありがとう!
Mさんの勢いのおかげかも!)
しかも、先日までお世話になっていたショップチャンネルのスタッフの皆さんまで
お花を持っていらしてくださり、幸せです。
スタッフの皆さんは私よりずぅっと若いんですよね。
サンクにいると、周辺の平均年齢をぐっと下げる感じで。
そういう人たちが、中心になって活躍する時代になりつつあるんだなと思うと
ものすごく楽しみですよね。
CMのオーディションなんかに行っても、
現場にいるのはやはり20代の方が多いです。
気がつくと、そういう感じ。
インディゴちゃんも(クリスタルちゃんも?)いたりして、一緒に仕事できるのは
ものすごく嬉しいです。
インディゴ・クリスタルちゃんたちが社会の中枢に立つ頃には
私の役割なんかももっとずっとすっきりはっきりしてくるんだろうなと思います。
楽しみだな~。

多分私って自分で思ってるより全然

おめでたく前向きなんだろうな。
よく周りの人から「前向きで明るくてがんばってる」って言われたりすると
「まったくもってどれも見当はずれ!」って心の中で思ってましたけど
今なんとなく、「そう思われてもいたしかたない」って自覚しました。
ここ一月ちょっと、ものすごく大きなトラブル+大仕事を抱えていたのですが
ひと段落して今朝帰宅しました。
スケジュールもきつかったけど、
仕事の内容・立場・しがらみ・ギャラ的な面など、どこをとってもきつかったです。(^^;)
どうやら乗り越え、仕事的結果としても好成績を収める事ができたようです。
はぁぁぁぁ~本当にお疲れさま!!わたし。
途中、二転三転と全くどこへ転ぶんだかわからなかったけど
どうやら収まるべきところへ落ち着きつつあるようです・・・。
そしてどうやら立ち直ってる!わたし。
昨日から顔が変わりました。
ここしばらく普通の顔が暗く恐い顔になってて、
駅の鏡なんかに不意に自分の顔が映ったりすると
ぎょっとしちゃうことが続いてて、
このままこういう顔の人になっちゃうのかと悲しかったです。
が、やっと昨夜あたりから普通に戻った~。
そうだ~^^私はまた、ただ毎瞬が嬉しくて幸せ感に満ちてていいんだ~^^
これからの私は、ただそこにいるだけであたりいちめんを幸せにしてしまうような存在となり
とてもおおちゃくなやり方で世界と人々に貢献してゆきたいです。
ふぅ~やっと寝られます。
今頃おやすみなさい。

うん、行ってきます^^

えーっと、だいぶよくなって来ました。
今日はもうこれからホテルに泊まります。
そこからジャズパレスに歌いに行って、
明日早朝から、テレビの生本番に挑みます。
明日は本番が4回。
しかもフリートークなので、もう勢いで行くしかないっ。
神さま天使ちゃん妖精ちゃんよろしくね。
今日は、波動が100万倍に増幅されて、実現化が進む日という噂が流れてるので
私の願いを記しておきます。
私は、地球が好きです。
地球は奇跡を示し続けてきてくれました。
私の故郷は遠い宇宙です。
けれど地球にやって来たのは
地球という星で
奇跡を体験するためです。
3次元の肉体を持ちながら
愛を中心とした世界を創りあげるという
神々にとってとてもワクワクするような試みを実現するためです。
ここまで来るのには様々な紆余曲折がありました。
様々なドラマがありました。
エゴがゆえに生み出されたたくさんのドラマもあります。
地球はすべてを記憶しています。
人間たちの想念のドラマは宇宙に刻まれています。
それらすべては、どこにも例のないオリジナルの体験から来ています。
神々や、肉体を持たない存在たちからすれば
それらは驚くべき目を見張るものであり、とても尊いものです。
(途中からチャネになったので文体がおかしいですがごめんなさい)
あなた方は本当によくやっています。
何度も言いますが、こういった試みは、神々にとってもチャレンジなのです。
何度も体験をしてきたマスターたちにとってさえ、そうなのです。
地球はあなた方を歓迎しています。
地球意識が望んだのであなた方が存在します。
確かに人間の創り出したものによって痛めつめられた部分は大きいですが
それは人間にもイーブンなのです。
どうか最後まで勇気を持って進んでください。
今地球で起こっていることを心底楽しむためには
やはりあなた方がどんなイベントに参加しているのか
そしてあなた方がどんな存在であったかを思い出すことが有効です。
すべての人々が、この地球での奇跡のイベントに参加しています。
確かに、これまでの世界を生き抜いてくるためには
忘れてしまうことも必要だったのです。
ですから、思い出さない人々のことを嘆かないでください。
すべての人に役割があります。
他人の役割についてあまり首を突っ込まないように。
それよりも、助けを求められた時に笑顔で応えられるように
あなた自身が健康で幸せでありなさい。
そのためにとるべき態度、選ぶべき選択肢を見抜く目をあなた方は持っています。
周囲でどんなドラマが起ころうとも
それを楽しむとはどういうことか想像してみてください。
俳優がスタジオに入って役になりきり七転八倒しても
その時間が終わればあなたはとても充実した気分で
暖かい家に帰り、こころの通じ合った家族と共に
ベッドに入り幸せな眠りにつきます。
魂のベースキャンプのとはこのことです。
それでは、ぐっすりと安らかな眠りのために
今日も活躍してください。
健闘を祈ります。

ちぐさんのピアノ

体調不良の私の歌は、最初微妙にテンポをはずしてしまったのですが
ちぐさんにばれないはずがなかったのです。
彼女は「すみません」と言いながら、
ここかな?こうかな?とアプローチを変えて
私の調子を上げてくれるのです。
まるで、すばらしく腕のいいドクターのようです。
彼女は六本木ジャズパレスで月曜日に時々ご一緒できる
すばらしいピアニストです。
(ジャズパレスのピアニストはすばらしい方ばかりなのですが。
ママの人を選ぶ目、耳?にはいつも敬服します)
お客さまが入る前、ママと女優小巻ちゃんがじっと聴いていてくれる中
ちぐさんの演奏で歌う時の自分の歌が好きです。
正直、自分がいつの間にこんな歌が歌えるようになったのか
とても不思議です。
まるで何十年も(何百年も)歌を歌い続けてきたみたいな錯覚を覚えます。
どう考えても私だけの力ではありません。
もちろん、ピアニストの力は絶大です。
観客の力も大きい。
でもジャズパレスで歌う時によく、
それプラス何か大きな後押しの力に心打たれながら私は歌っています。
ジャズが好きです。
とっても微妙な遊びが好きです。
深い悲しみをたたえながら胸を張って人生を歌う虐げられた人々の高らかな歌です。
とても誇り高いのです。
そういう誇り高さが私は好きです。
昔、ストリッパー物語という芝居をやった時
ストリップをいっぱい踊りました。(服は着たままです)
その時の振り付け師の麻里ちゃん先輩が言いました。
「このダンスはね、気高いの。誇り高いの。客になんか絶対媚びないの。
自分の存在を賭けた魂の叫びなのよ!」と。
(麻里ちゃん先輩は今アフリカンダンスの一人者として活躍しています)
私は弱冠二十歳でしたがその意味が痛いほどよくわかりました。
(麻里ちゃんは22歳だったはずです)
そういう気持ちを理解するのは年齢とは関係ありません。
そういう年齢と関係のない感性のことを才能というのだと思います。
(直結した表現力が必須です)
話しを戻しますが、
ちぐさんのピアノには限りない誇り高さと優しさを同時に感じます。
私が芸術・芸能に触れてもっとも幸せだと感じるポイントが
そこには在ります。

すがすがしい日が続きます。

ここ2日ほど、熱を出してしまい、あせりました。
すごく長引いてる人がいるみたいなので・・。
私は実はちょうどその日からしばらく(来週末までかな)オフの日がないんです。
来週はテレビの生本番が3日あってほぼ寝る時間がないスケジュール。
こう言うと売れっ子みたいだけどそういうわけでもないです^^たまたま。
今日はヒプノの予約をいただいてるのでこれから行ってきます。
お天気が優しいのでうれしいな。
私の部屋は午前中が最高なのですが、
昼仕事がないと午前中がお休みタイムになってるのがもったいない。
でも、夜歌うのにベスト・コンディションに持ってくには
やはり睡眠ははずせないのです。
私の体調ってほんと繊細なのです。特に喉が。
誰より弱いってくらいなものです。
だから繊細な声が出せるんだ!って勝手にいいほうに考えていますが^^
おしゃれの季節ですね。
私は秋もののパンツを1つ買いました。お気に入りです。
ワンピースもほしいな。あとブーツ。帽子も。(全部だね)
再来週にはテレビCMのナレーションも一本やります。
明日はドラマのオーディションを兼ねたワークショップということなんだけど
まだセリフ覚えてないや。今日帰ったらやんなきゃ。
と言うわけでなかなかゆっくり日記書けないけど
このくらいのペースのほうが正解かも^^
ではよい秋を!

神を導く

昨日の続き。
神社の本決定版・神社開運法の中に出てくる概念で気に入ったところがあります。
それは、神を開運する、という概念です。
神さまに開運していただくということでなくて、です。
つまり、人間が神々を率いて神さながらの生き方をする、という図です。
神の力は「おかげさま」=「後押し」なのだということです。
私はこの部分に妙に納得しました。しっくりきました。
精神世界を探求してきてここのところ、精神世界の多数派(そんなものがあるとしたら)に
なんとなく違和感を感じていたのは
まるで人間が神を目指すのが当たり前のようになっているということでした。
私がここのところインスピレーションとして受け取っていたのは
人間は神にはなれないががんばって目指しましょうなんておかしいんじゃない?
人間にできて神にできないことをするのが人間なんじゃないの?
というメッセージでした。
だからこそ、人間はこのままで完璧だと言えるんじゃないか。
でなければこのままで完璧、という真理は矛盾してしまう。
思えば人間とは神の御心を胸に秘め
動物の最先端的立場に立つという
なんとも割り切れないポジションでがんばってる生き物だと思う。
私の窓辺の平和な植物でさえ
ひとつの鉢の中で必死にサバイバルを展開している。
(寄せ植えをしていた3本のうち1本が枯れたら
いきなり残りが元気に育ち始めたのだ。肉体を持つということは過酷だ)
公園でパンくずをばら撒けば、すずめをけちらすハト、横取りするカラス、
何匹も力をあわせて運ぶアリ、一瞬で食べてしまうすずめ・・・
それを見ていろいろなことを思う人間。
私たちもまた奪ったり命をいただいて肉体を保っている。
ごめんね、と思うことをやり続ける。
本当はこんなことしたくないんだ、ということをやり続けて自分が生きる。
そしてある時は小さな蜘蛛の命を助けたりもする。
こんな矛盾に耐えられる生き物ってそういないんじゃないか。
すべての存在に平等に与えることだけができたらそれはらくちんだ。
慈悲と愛だけで生きられたら楽だと思う。
でも結局のところ私たちは絶え間なく罪悪感と至福のあいだを行き来する。
そうでないと言う人がいるならそれは単に何も見えていないだけだ。
私はそういったことを悲観しているわけではない。
人間はあまりの矛盾と不条理を抱えた存在であるがゆえに
絶えずどこかへ行こうとする。
神と原罪と重たい肉体と心を抱えて。
それこそが人間の真の姿であり
神にさえなし得ない奇跡をこの地上で起こす可能性を秘めている存在なのではないか。
どうです?やる気出ませんか?
神みたいに生きようとこころみる人生より
神を率いて己を生きるほうが
なんか「今」を生きてる感じするでしょう?ぴーす。

うぶすなって知ってた?

なんとなくネット探索していたら、こんな本決定版・神社開運法が紹介されていた。
開運、とか、法、とか、あまり趣味じゃないので今までならスルーだったと思うんだけど
この本は結構仕組みとか根底の原理なども詳しく載っているようだったので
面白そうな気がして買ってみました。
あらかた読みましたが面白かったです。
私は今年に入って自分のルーツとか、ご先祖さまとかと再会するのがテーマだったようです。
私の一家はずっと断絶していました。
でも今年は上田に父方のお墓参りができ、(想像以上に幸せな出来事でした)
母方祖母が書き残している家系図からいろいろなことがわかりました。
(昨年冬の初め、母の姉が亡くなったのが大きなきっかけを作ってくれたような気がします)
私は(おかしな話ですが)ああ、私のルーツは本当に日本にあったんだぁって
初めて実感しました。
で、話しは最初に戻るけど、神社の本にはうぶすな(産土)神社の神さまが
ひとりひとりの人間を生まれてから死んだ後まで守護していますと書かれていました。
産土神社とは、自分が生まれた時に両親が住んでいる場所のそばにあるそうですが
必ずしも一番近くとは限らないそうです。
私はなんとなく、ルーツを身近に感じているさなかのせいか
この神社のことが気になりました。
私が生まれたのは日暮里の駅のすぐ近くです。
母からは駅から1分だったと聞いています。
それで、近くのめぼしい神社をネットで検索(何でもネットで便利です^^)。
いくつか見つかったんだけど、稲荷さん系は産土にはならないそうだし
鬼子母神もなんとなく違う気がしました。
そのあたり一帯を守っていらっしゃるのはこれだ、と思ったのは
西日暮里と日暮里の間にある諏訪神社でした。
諏訪神社を調べると、長野県の諏訪大社の分社だとありました。
長野は父の故郷です。ただし諏訪ではない。
親戚も県内にいっぱいいるけど、上田、伊奈、飯田なはず。
ところが長野の諏訪大社を調べると、これは一の宮といって
信濃国全体を守る唯一の神社だったのです。
わぁ、これだ、と私は思いました。
根拠のない確信がわくと同時になんだか自分にそんな場所があるということが
愛しく感じられました。
私はよく、自分には故郷がないと感じていました。
以前はよく自分のいるべき場所が東京にも日本にもないような気がしていたものです。
それはもちろんとても寂しく心細い感覚でした。
今の私よりずっと若かった父と母が、それぞれ夢を持って東京に出てきて芸能の道を歩み、
東京で出会って私が生まれました。
父は新劇俳優、母は女優とモデルを経てダンサーで生計を立てていて
私がおなかで3ヶ月になるまで踊っていたと言います。
「あんたが大きくなっちゃっておなか膨らんできたからやめたのよ。
だからお父さんにもう食べさせてって言ったの。」と母。
父はそれをきっかけに声優に転向し、がんばりました。
大成功したと言っていいと思う。父は本当に売れました。
それ以上に、いい仕事をしました。
私が生まれた時、母はあまりのかわいさと賢さに本当に感動したと言います。
「こんなすばらしいものを作れるなんてすご~い!」と思ったと。
「こんなことが私にできるならもっと作りたい!」と思ったそうです。
・・そんなこんなをすべて見守り、守り導いてくれた存在が身近にいて
いる場所がわかるなら行ってみたいと思いました。
それで私は昨日、新橋でのオーディションの帰り、行ってみたのです。諏訪神社に。
本当はお天気のいい昼下がりにでも行きたかったけど、
そんなこと言ってるといつになるかわからないので、夕暮れ過ぎのくもり空のなか行きました。
諏訪神社のあたり一帯は、たくさんのお寺に囲まれていました。
大きな公園もあり、とても古い町の様子です。
なんというか、これまであまり知らない感じの場所です。
荒川区、ほとんど縁がなかったです。(0歳で狛江に引越したので)
不思議なのは、若い父と母の息吹のようなものをありありと感じたことです。
残留した想念がタイムスリップのようにそこに生きているようでした。
私がこの世に生まれ、その後私たちの家族に起こった本当に様々なドラマについて、
そういったたくさんの事件によって、
これまで身近な大切な事々に心を配れなかったことについて
大いなる力のご加護や導きに守られながらも
それを完全に信頼できなかった時代について
私はお詫びをしました。
そして今、そこに来られたということについて
ありがとうを言いました。
それから、私の家族や、私がこれまで出会い触れ合ったすべての人々にとって
よきことが起こりますよう、ご加護と導きがありますよう祈りました。
私の家族や私がこれまで出会い触れ合ったすべての人々に
よきことを送れるような自分になれるよう導きくださいとお願いをしました。
私に嫌なことやひどいことをしたすべての人にも
よきことが起こりますようにと祈りました。
そうぜずにはいられなかったすべての人が癒されますように。
私が愛を中心として生きられますように。
愛する人を大切にできますように。
私はやっと、地球の住人になりつつあるみたいです。