ちぐさんのピアノ

体調不良の私の歌は、最初微妙にテンポをはずしてしまったのですが
ちぐさんにばれないはずがなかったのです。
彼女は「すみません」と言いながら、
ここかな?こうかな?とアプローチを変えて
私の調子を上げてくれるのです。
まるで、すばらしく腕のいいドクターのようです。
彼女は六本木ジャズパレスで月曜日に時々ご一緒できる
すばらしいピアニストです。
(ジャズパレスのピアニストはすばらしい方ばかりなのですが。
ママの人を選ぶ目、耳?にはいつも敬服します)
お客さまが入る前、ママと女優小巻ちゃんがじっと聴いていてくれる中
ちぐさんの演奏で歌う時の自分の歌が好きです。
正直、自分がいつの間にこんな歌が歌えるようになったのか
とても不思議です。
まるで何十年も(何百年も)歌を歌い続けてきたみたいな錯覚を覚えます。
どう考えても私だけの力ではありません。
もちろん、ピアニストの力は絶大です。
観客の力も大きい。
でもジャズパレスで歌う時によく、
それプラス何か大きな後押しの力に心打たれながら私は歌っています。
ジャズが好きです。
とっても微妙な遊びが好きです。
深い悲しみをたたえながら胸を張って人生を歌う虐げられた人々の高らかな歌です。
とても誇り高いのです。
そういう誇り高さが私は好きです。
昔、ストリッパー物語という芝居をやった時
ストリップをいっぱい踊りました。(服は着たままです)
その時の振り付け師の麻里ちゃん先輩が言いました。
「このダンスはね、気高いの。誇り高いの。客になんか絶対媚びないの。
自分の存在を賭けた魂の叫びなのよ!」と。
(麻里ちゃん先輩は今アフリカンダンスの一人者として活躍しています)
私は弱冠二十歳でしたがその意味が痛いほどよくわかりました。
(麻里ちゃんは22歳だったはずです)
そういう気持ちを理解するのは年齢とは関係ありません。
そういう年齢と関係のない感性のことを才能というのだと思います。
(直結した表現力が必須です)
話しを戻しますが、
ちぐさんのピアノには限りない誇り高さと優しさを同時に感じます。
私が芸術・芸能に触れてもっとも幸せだと感じるポイントが
そこには在ります。

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