五月雨


よく降りました。五月。
6月は意外と晴れちゃっりして。
昨年育てたラベンダーやガザニアは今年も花を咲かせ
マリーゴールドは自然に種が落ちて発芽し
やはり花を咲かせた。
花を咲かせてる姿って、なんてウレシイんだろう。
人が花を咲かせてる姿も本当に美しい。
昨日、ピアノの広重千草がサンクに帰ってきてくれた。
その音と姿に胸がいっぱいだった。
彼女が鍵盤に向き合う時
ものすごいエネルギーが回転を始めて
魂が擦れ合うような音を出す。
その姿は
生命が全叡智を集結して
花を咲かせてるみたいだ。
私のハートがすごく共鳴する。
私は安心してただ歌うだけでいい。
あふれるがままに歌うだけでいい。
彼女のフレーズに心を澄ませて
共鳴に任せればいい。
多分それで、普段伝えたいなと思っていること以上が
伝わっている気がする。
私は歌で難しいことはできないんだけど
そういうことはできる。
そういう自分をウレシイと思う。

雨の音

雨の音がしています。
私は人生の旅の途上にいるようだけど
実は、その旅には前も後もないんじゃないかという気が最近よくする。
その旅にあるのは、今。
常に在るのは今だけ。
その、今はすべてを内包し
あらゆる光を人生に与えている。
だから私は今、無限という存在になり得る。
今をいくら足していっても無限にはならないけれど
今の中に無限はある。
そういう感じを味わっている。
例えば過去の私は、まるで知らない他人のように
今の私に影響していない(感じがしている)。
それはただ存在しているだけだ。
そういう感じを人はもしかしたら非情だと嫌うかもしれない。
だけど、だからこそ、過去の自分をも愛せるのだと思う。
過去の上に成り立っている自分や
今の自分を作っている(と信じている)過去に持つ親しみは
愛着、執着なんだ。
さよなら~♪
ってことを繰り返していると
真実の自分が拡大していきます。
そして、今にいることが容易になっていきます。
今に100%いる、というのは
硬直したイメージではなく
過去からも、起こっていない未来からも完全に解放されていること。
その時こそ、深い叡智やあらゆる生命とつながれる。
自分が為してきたものなどないに等しい。
為したという幻想を手放すと
自分が現れる。
逆説的ですが、そんな風に思っています。

自分に許可


スピリチュアルの世界では
「それ」を実現するには自分に許可すればよい
というようなことを言います。
最近、エネルギーワークを楽しんでいると
それがどういったことなのか
改めてわかることが多いです。
例えば誰かが「だけど、わかっちゃいるけど、難しいよね?!」と言います。
すると「そうだった、難しいと、私も思ってた!」と感じます。
今は「それは難しくないぞ、難しいとすればそれがあまりにシンプルすぎて
受け入れ難いと感じるマインドがムズカシイ・・・」と感じます。
人間は、手放す、ということにものすごく恐怖を感じるものなのだな。
でも、何かを握り締めてキープしようとすればするほど、それは困難です。
もし周りにいる誰かが、
とても軽やかで新鮮さを失わず、ナチュラルな輝きを持ち続けているなら
その人は多分、手放しているはず。あらゆるものごとを。
手放し上手はエネルギー遣いの名手ですね^^

からだのなかみ

先日献血しました。
3年ぶりくらい。
それで、3年前と去年の健診の結果と今年初めの検査の時と今回で
データを見比べてみたら
どんどん良くなってる^^
もともとどこも悪くないのですが
全体的に栄養控えめで
やや貧血に近かったのが改善されています。
コレステロールとかはね、ずっと標準以下なんですよね。
中性脂肪も。自慢ですけど^^
何が良かったのかな~。
最近は、ほとんどお肉を食べていなくて
夜は山盛りの生野菜。
朝はフルーツジュースと手作りのパン。
そこにくるみとレーズンが入っていて
そのままでおいしいので何もつけずに食べます。
日中は好きに食べます。
あと、暖かくなってきてからはお水は2リットル以上飲んでます。
瞑想が増えました。
エネルギー強化しています。
ストレスは減っていると思います。
うん、そりゃ、いいよねڤ
数字に出るってわかりやすくていいですね。

さんぽ

代々木公園が最近好きです。
先週はタイ・フェス
今週はジャマイカン・フェス
トムヤム・ラーメンはいつ食べてもおいしい^^
今日は、ブルーマウンテンのアイスコーヒーが最高でした。
1杯100円だったФ
バラの季節なんですね。いい香りだった♪

思考の現実化 意識の物質化

別に難しい話ではない。
ものすごいスピードで皆さんもやっていらっしゃるはず。
私はずっと前からゴミ問題に興味があって
すごく貧乏だったころから
将来の夢の項目に「すべて無害に燃やせるゴミ焼却所」を作る、というのがあった。
だいぶ近づいて来てるような気がする。私費は投じてないけど、世の中が。
少なくてもエコという話しをみんながするようになった。
すべて燃やす前に、分別することで
意識が芽生える段階が重要だと感じる。
分別していると、これ、最初からなくてもいいのにね、と
つくづく思う。
誰がそれを望んでいるんだろう?と思うことが多い。
あと、公立の演劇学校を作る。
これもずっと前から思っている。
芸能人養成のための、ではなくて
表現者としての人間のための教育。
私は玉川大学で演劇を学べて
ものすごく健康になることができたし
あらゆることの基盤になるような
存在としてのあり方をからだから学べたので
本当に良かったと思っている。
人間は大人社会に馴染むために
からだと魂と感情をバラバラにして身を守る方法をとることが多い。
でも本当に大事なのは
それらをつなげて本来の自分を生きることだ。
演劇の訓練はそういったことをからだで教えてくれる。
だから、いい役者体というのはオーラがあるのだ。
オーラはそういった多次元の自分が統合されるほど輝くものだ。
いったいその青写真がどういったストーリーで形になっていくのか
さっぱりわからなかったけど、
最近は演技の講師をさせていただいていて
このお話しは、全く自分から口にしたこともなかったのに
テレビのお仕事でご一緒した方から突然依頼された。
私の授業は、エネルギー任せで内容はほとんど考えていない。
でも毎回ものすごい気づきの嵐で
毎回誰かが泣いちゃったりしながら深い変容が起こる。
学校という形ではなくても
本当にやりたいこと、伝えたいことを自由にやらせていただけて
感謝でいっぱい。
次に本を出す。講演をする、というのがあった。
いづれ、この道を歩んでいけば自然にそういうことが起こるだろうと思っていたら
先日、講演の依頼をいただいた。
きゃー!さすがにびっくりした。
本のほうはたまに口にしたこともあるけど、
講演のほうは、だんなさんと妹くらいにしか語っていなかった気がする。
でも、依頼していただいちゃった。
今の、私のままで、いいんだね^^
なので、これはもう、望んでおこうと思います。
日本中の野菜がオーガニックになるといいな!
イタリアでは子供の給食の野菜がみんなオーガニックだって聞いたよ。
オーガニックの野菜は、安全で、おいしいけどそれだけじゃない。
ものすごいエネルギーの浄化になる。波動が上がる。
幸せになる♪ぜひそれが標準になってほしいな。
あとは、そうだな~
私の声が、多くのところに届くといいな。
それは昔からそう思っているので
そうなるのかも。
でも最近明確に思うのは
その声はただの声ではないんです。
その声はものすごい波動を持っていて
伝わると瞬時に光をもたらすような声です。
手段は、歌でも、ナレーションでも、講演でも、演技でもセラピーでも、ワークショップでも
その他でもよいです^^

おいしい生活

って、大学生の時流行ったコピー。なんとなく使ってみたかった^^
以下は覚書です。
完全に定番。
洗顔&メイク落としTVで紹介されて、ただ今注文殺到中♪Dr.ブロナー・マジックソープ <ラベンダー> 944ml (リキッドソープ)

オーガニック・ソープです。
つるつるになります。
メイクも落とせちゃう。
でも優しい。
歯磨きシャボン玉石けんハミガキ
せっけんベースで安心。
口に入れるものだから。
せっけんハミガキの中ではとても使い心地が良かったのでリピート。
洗濯【エコパラダイス】ピリカレ(3kg)
信じられないけど、抗酸化溶液の力で環境を良くしちゃう。
一回に小さじ1杯なので一年経っても半分以上残ってる。
洗濯排水を植木にあげていますが、確実に元気になります。
拭き掃除に使うと、オーラがアップします。
トイレ掃除にも。
いろいろな洗剤がいらなくなりました。
食器用洗剤arau.台所用せっけん 本体 400mlarau.台所用せっけん 詰替用 380ml
せっけんなのにきゅっきゅっと洗えます。
ハーブのいい香り。
手にも優しい。
重曹自然にやさしい重曹500g
換気扇の油汚れがあっという間につるっつるに落ちました。
ほとんど何もしないで。
がんこな汚れ用洗剤ってなんであるの?って感じ。
豆乳有機大豆100%・富士山の天然水使用!豆腐もできる豆乳 900ml
朝はこれにバナナと、キウイ、りんご、アボカド、パイナップルのどれかをミキサーにかけて
ジュースに。
本当にうまいっ!
朝の酵素です。
お風呂せっけんねば塾 白雪の詩 (180g×2個) [即納]無添加で仕上げた名前のとおりの真っ白な石鹸dw190312
無添加のせっけん。
良いお水で作られています。
しかもでかくて安い。
きめ細かい泡立ち。
首から下はこれで洗うだけでお肌ぴかぴかです。
なにもつけません。
紅茶えいこく屋 有機紅茶ウバ茶(セイロン)
これにしてから紅茶が好きになりました。
オーガニックってどうして渋くないんだろう。
渋みってなんでなの?って思いました。

たくさんのいのち

毎日たくさんの命が
この地球から旅立っていってることは
わかっているつもりだけど
たくさんの命がいっぺんに旅立っていくというのは
やっぱりショックみたいなものがある。
胸の奥とか
胃の辺りが
ごそっとへこむような
おかしな痛み。
東京は今日も寒い。
からだもこころも冷やさず
あったかくみんなが過ごせますように。

中心はなんだったのか

前々回の日記の続き。
私が手に取った本は、
エドガー・ケイシーの人類を救う治療法
エドガーケイシーのリーディングについて書かれた本でした。
それまでの私は、
「このまま人生を送っていくのはあまりに過酷で
それにつまらない。
私が希望を持って生きていくには何か(何もかも)が足りない。
この世には何かもっと、こころにフィットする何かが在るはずだ」
と感じていました。
私は芝居をやっていると、本当に魂が自由になることを知っていました。
でもそれは、芝居ならなんでも良かったわけではなく
ある価値観の中に居る時自由だったということです。
それは、「神聖な場」であるという意識です。
私は玉川大学の演劇専攻で基礎を学びました。
そこで学んだのは、芝居は魂だ、ということです。
実際、授業で教授からそう教わりました。
そして、人が魂というものをむき出しにして取り組む「場」が
非常に神聖であり、
そこに踏み入る時、どんなに繊細でも過ぎることはないということ、
そうした状態でそこに居る人に敬意を払い思いやることの大切さ、
またそうした場で培われる人同士の絆、
そして互いがそういった意識を持つ「場」を共有することの心地よさ
自由さ、崇高な感覚を体感していました。
ですから、芝居をしていればそういった世界で生きていけると思っていた私は
社会に出て相当なギャップを喰らいました。
一般社会ではほとんどそういった価値観は通用しなかったし
(バブルのころですもん!バブルの!)
求められてさえいないように当時の私には感じられました。
世界の誰からも!というくらい。
ですから当時の私は、自分の無能さと同じくらいに世界を憎んでいました。
当然のことながら。
宗教や自己啓発といったもののお誘いも
たくさん私の元にやってきました。
大学はクリスチャンの学校で
礼拝は大好きでした。
いろいろと齧ってみましたが
どこかバランスを欠いているように感じ、ゆだねる気にはなりませんでした。
あのころ次々にやって来るお誘いを私はよく逆論破して追い返してしまったりしていました。
私は周囲からよく、はまりやすい性格と誤解されていましたが
私の苦しみは、はまれるものがなかったことでした。
そんな私が、これは真実かも、と思ったのが
ケイシーのリーディング(チャネリングによるアカシックの情報)にあった
「生命の仕組み」の部分でした。
今ではスピリチュアルも意識の仕組みもそこそこ常識になってきましたが
当時はスピリチュアルなんて言葉すら話す人はあまりいませんでした。
少し前にシャーリーマックレーンが
アウト・オン・ア・リム
という本を出してヒットしていたので
「兆し」はあったのですが
そのころは自分のやっている芝居に夢中でスルーしていました。
当時は生活がスピリチュアルだったから必要なかったんですね。