本質、再会、至福

私にヒプノセラピストの仕事を勧めてくれたのは
21歳の頃、演技の養成所で知り合い、
後に私が脚本を書いてプロデュースした舞台に出演してくれた
演劇つながりの友人だった。
全然本気にしていなかった私に対して彼女の決め文句は
「催眠は演劇と一緒だから。演劇の勉強にもなるからやりなよ!」だった。
私も彼女も本当に演劇を愛していたな~と思う。
今週に入って、クリヤ・ハタ・ヨーガを始めた。
DVDを入手して、なのだが
始めてみて、本当にびっくりした。
私がこれまでやってきたことはヨーガだったんだ!!と、なってしまった。
演劇の訓練がどういうものなのか
きっと世の中ではあまり知られていない。
演劇をやっている人ですら知らない人がたくさんいると思う。
世間でのきらびやかで華やかなイメージ、
或いは貧乏くさい劇団員的イメージのどちらでもない
神聖で荘厳で、修練と探求と、今ここ、我有りの世界。
舞台の肉体訓練は呼吸とイメージを支配して我を知り、超え、至福となる。
そういったことの醍醐味に比べたら
カーテンコールなんて本当におまけのおまけなのだ。
(世間ではカーテンコールの拍手=見返りこそが役者の醍醐味と思われているみたいだけど)
先日おきなわワールドでエイサーを見た。
あちらこちらで見ることができるが
ガイドブックか何かにおきなわワールドのは最高峰だとあったので
とても楽しみにしていた。
エイサーは踊念仏が本土から伝わり独自の進化を遂げたものだそうだ。
まさに演劇の起源と同じく
神仏に捧げるパッションの儀式だ。
少し時間を過ぎてしまって急いで席に着いたとたん
ハートがどっかんと開いて嗚咽泣きしてしまった。
私は大学の時和太鼓に夢中だった。
まさにこれが演劇、と感じていた。
舞台上の人は、神と一体だということなのだ。
恐れがなく完全に今にある。
今その瞬間を完全に受け入れ楽しみ感謝し惜しみなくすべてを注ぎ、込めるという態度。
それがあらゆる動きや顔の表情、声となって表れる。
そういった人の立つ舞台からは客席にエネルギーが流れ込み
波動が共鳴し、同化し、浄化される。
演劇の意義、目的は、浄化なのだ。
あの頃舞台にみつけた本質と、
おきなわワールドのエイサーで出会えた。
まったく、この時間を越えた仕掛けはなんだ。
そんな感じで、最近の私は本質との出会い、再会が相次ぐ。

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