アブチラガマ

みなさんこんにちは。
沖縄はすっかり秋めいて本当に気持ちの良い気候です。
私が初めて沖縄へ来たのは11月。
2度目に移住の準備で主人と来たのが12月。
清清しくて、澄み切っていて、懐かしい匂いがします。
ここのところ、休日は南部散策をすることが多いのですが
先日もいつもながらあまり計画性なくグスク巡りをなんとなくイメージして出かけました。
途中、何度も通っている道でふと、主人の目に留まって立ち寄ったのが
アブチラガマでした。
戦跡として公開されている全長270mの洞窟です。
アブチラガマを調べる
ヘルメットと懐中電灯を渡されて、
事前にパソコンで短い番組を見て、
もう充分、という気分になりましたが
体験してきました。
中は完全な闇でした。
順路、という看板がありますが、
入り口のところで早くも呼吸困難になるほど
本当にこわかったです。
これまで戦跡、などといってきれいに整備され、電気が灯されて
警備員さんが親切に話しかけてくれるような場所とは
次元が違いました。
人間はやはりこわすぎると知覚をシャットダウンするものだということを
身をもって体験できました。
真っ暗闇で天井のあちこちから水がたれてきて
足元はごつごつの岩に水溜りがたくさんできていて滑ります。
天井も身をかがめなければ通れないほどのところもあり
懐中電灯で照らさなければ歩けないのですが
あちこちを照らして、見ることがこわいのです。
そこかしこに当時の人々の想念、記憶、体験がそのまま残っていて
目を開こうとすればたちまちそちらの世界に飲み込まれそうな気がしてきます。
出口から出るまでにいろいろな思いがわきあがっては通りすぎました。
恐怖を感じると同時に無性に怒りがこみ上げたり
なぜこんな思いをしなければならないんだろうというような
理不尽な感情まで噴出します。
出口を出て一瞬えーん、と泣いて、
それから慰霊碑の前で祈りました。
「すべては幻です。
ここにいる必要はありません。
苦しみは終わりました。
天国に戻りましょう。」
と心の中で言って光を降ろしました。
そうしていると私の中にも光が戻ってきました。
すると主人が「これではっきりした。自分が光になるしかない。」と言いました。
平和はただたまたま戦争がない時代を生きることではありえません。
沖縄にいると、その傷跡は実際に引き継がれ
多くの人がその痛み、苦しみの影響を(無意識的にも)受けているのがわかります。
苦しみを終わらせるのは、ひとりひとりの取り組みにかかっています。
自分の内面に取り組むことと、平和への貢献は本当に一つのことだと、
改めて実感した休日でした。

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