核・後編

(前編の続き)
平和な日本では、自分たちが他の国から武力攻撃を受けるなどとは想像に難く
まして途方もなく大勢が亡くなった自然災害をおちょくるような
おたくのたわごとのようなこの話題に怒りを感じる人がいるのも無理はない気がします。
けれど世界は軍事に国費の多くを投入し武器ビジネスで蓄財し
実際に世界中でいまだ戦争の鐘が鳴り止んだ瞬間はありません。
今この瞬間にも兵士は傷つき市民や子供はいのちを落としています。
日本はこの戦線に無関係ではいられないのです。
少なくても国家として核を持ち、
他の国に提供しようとしたり核の捨て場として引き受けたりして取引をしています。
馴染み深い国アメリカは、私たちとの戦後の60余年の間にも絶え間なく戦争しています。
アメリカに戦後はありません。
地震兵器は、アメリカでは当たり前のもののようです。
古く第2次世界大戦のときには
原爆を使うか、地震兵器にするか、などと検討された記録が存在し
現在のペンタゴンのHPにも地震兵器についての記載があります。
他にも調べる気になれば、国家機密でもなんでもなく
しろうとさんにも文献を見ることができることがわかります。
日本の深海探査船ちきゅう号のドキュメンタリー映像はで日本人の男性がごく普通に
「これは・・人工地震の振動を測定しています・・」という風に説明されています。
なぜ地震兵器、人工地震の話題があるところには
大勢がよってたかって不謹慎だ、おかしなことを言うな!というような
根拠のない感情的な否定のコメントが多発しているのかも不思議です。
あると言う人のほうはだいたいデータをこまめに提示して解説しているのですが。
今回の震災でもこのHAARPが使われたのだと考える方の記事を見ると
その地震を起こす仕組みである特殊な電磁波の測定のデータなどが
こと細かく示されています。
私自身は相当この世のことには疑い深いたちのようでまだ確信に至っていませんが
少なくとも、こういうものが存在し
世界では活用されているんだなということだけは納得しましたし
また、国家間というところでは
こんなにも世間一般の常識(狭い日本の、ですが)からかけ離れたことが実際にやり取りされ
起こりうるのだということを肝に銘じる必要を感じます。
ドイツでユダヤ人が突然狩られたり
日本である日赤狩りが行われたのは
戦中だからであり、今は起こりえないというわけではありません。
戦後なのは日本が今、たまたまそうなのであって
アメリカは今も戦後ではないし他の国も今が戦中の国はたくさんあるのだということを
日本人は思い出さなくてならないと思います。
原発、核の危険さをみんなが思い出すだけでは
どうもまだ事態は好転しないだけでなく
仕掛けられた時限爆弾は時間を刻み続けているように見えます。
私たちは、世界が日本に対してどう働きかけているのかも
日本がどう働きかけているのかもほどんど何も知りません。
大本営の言い分を鵜呑みにして信じていれば
私たちは家畜のように十羽一からげのいのちとして扱われてしまいますし
かといって政治家お役人は信じられん、うそつきだと怒っていても
それに気をとられているうちに私たちがどこへ向かおうとしているのかを
見逃してしまいそうです。
地震と津波の恐怖、大勢が亡くなるショック、それ自体が陰謀かもしれないという疑惑、
経済の行く末、放射能の処理や未来にわたる影響、
すべてが不確実で未曾有で恐ろしく感じられるかもしれません。
でも、本当は、起こっていることはひとつしかありません。
ただ多くが隠れているのでそのひとつの出来事が見えてこないだけです。
ですから私たちは必要以上に揺れてしまい気をとられています。
ひとつわかったことがあります。
原発が止まるかどうかが日本の今後の行く末に関して大きな鍵であることは
ますます確定してきました。
それは、戦争に加担するかどうかということを含んでおり
恒久的な平和への道を歩むか、再び餓鬼畜生と修羅の境地を生き直すかという選択です。
日本国民は原発推進と反対などに分かれている時ではなく
また分かれていることに意味はありません。
原発推進派も脱派・反対派もともにごまかされていることに違いはありません。
そこにはどちらにも勝ちはありません。
私は他にもいろいろな可能性を考えてみました。
最初は、世界が原発にノーと言えば日本政府だけしがみつくはずはないと思いましたが
それはお人よしな考えでした。
つまり原発が良くないことに気づけばみんながやめるんだ、という考えが幻想なのです。
何度も言いますが、国家は国民にとってリスクがある、危険で良くないものだということを
百も承知でやっているということです。
つまりそれ以上のリターンがどこか私たちの知らないところにあると考えるのが自然です。
もしくは日本国家がそれ以上に強い権力によって強制されているかもしれません。
日本はアメリカの核のごみを引き受ける約束をしているので
他の国がやめたと言えば日本はよその国の分まで引き受けなくてはならなくなり
ますます日本が手をひくなんてことは許されなくなるという説を読み納得しました。
今政府が向かっているのはその方向に見えます。
何が何でも手放さない、手放せない意志が見えます。
核やオイル、世界のお金を握って支配している権力は
世界の人口を大幅に減らそうとしていると言われていて
日本がその権力に支配されていて言うなりなのだとすれば
それも現在の日本政府の動きの不可解さのなぞを解きます。
日本政府が日本の人口を積極的に減らそうとしているとは考えにくいですが
減ったところでかまわないという態度がよくよく見られます。
こんなことは心ある人の辞書にない発想なのでなかなか理解できません。
いったいなにやってるんだ、信じられない、と感じてしまうところです。
放射能の被爆基準値を尋常でないほど緩めたり
非難させるべきときにさせなかったり
学校や子供への被爆をむしろ奨励しているのかと見えるほど
危険にさらしています。
そして放射能の被害の可能性を隠しています。
いったい何がしたいの?と何度も問いかけてみましたが
避難させるとお金もかかるしめんどくさい、という答えくらいしかみつからず
そうだとすると、まるでばかな判断なんです。
でも彼らがばかじゃないとするならば
それを狙ってやっている。
人口を減らすことは特に避けるべきことではない、ということになります。
文部科学省に福島の人たちが
子供たちの被爆の基準値を変えた経緯について抗議している映像を見ました。
抗議する側はとても怒っていて
「どうしてそんなことするんですか?」
「どうしていけないことだとわからないんですか?」と訴えていましたが
受け答えする側はとても冷静に心を閉じて答えていました。
怒れば怒るほど彼らはぴったりと心を閉じているので
福島の人の痛みや怒りの奥にある全体への思いやりや善意などなにも感じないでしょう。
「あんたたち心が痛まないの?そんな非道なことをして、恥ずかしくないの?」と
福島の人は本当は訴えているのですが
役人さんたちは迷いなく彼らの言葉に耳を傾けませんでした。
一分も心を開きませんでした。
あんなにもかたくなに、普通に正しい心ある意見を拒絶できるというのは
よほどの決意や洗脳なしにできるもではないと感じました。
私は、そうこうしている間に日本という国がのっとられてしまうことはないだろうか、
とも考えました。
日本国民であることで守られる権利がすべて剥奪されてしまえば
今のいろいろなことも無に帰すことになります。
前提を失うことになります。
国民を奴隷のように売り渡し国を明け渡して
政府はあまくだりのようにもらうものをもらって身の安全を守るシナリオはないだろうか?
そのためには極力ことを荒立てず国民の危機感を鈍らせ
安全神話にくるまれて安らかにさせておくのが得策なのではないか。
もしくはその逆で、国外からの勢力が放射能の危機を大げさに伝えてパニックを煽り
判断力を鈍らせておいてその間に圧力をかけて国家間の取引を遂行する可能性はどうだろう。
政府は実はそのことを想定していて
あえて安全という風評を流し本当のパニックを抑えているとか?・・・
またのっとるのが表立った国家でなく裏の権力であるのならば
国が奪われていることすら国民が気づかないことも有り得
実際に過去からこれに近い搾取などは行われてきたのではという考えにも至りました。
こうなってくるとどちらの方向にプッシュすることも
間違いを伴う可能性が出てきます。
真の意味の中立が必要になってきます。
中立は、決して「動かない」ことでも
「参加しない」ことでも
「スルーする」ことでもありません。
二局の双方をあるがままに見る態度のことを言っています。
この局面で、情報隠蔽や言論統制が挟まってきていて
そうあることはますます困難を極めると思います。
だからこそ、その姿勢は絶対に必要なのだと改めて思うのです。
後悔しない生き方のため、
愛と平和を具現するため、
魂の前進から逃れない生き方のため、
そのために賢明な選択をするために。
暗いお話のように感じられるかもしれませんが
私はまったく暗い気持ちでこれを書いてはいません。
私はこうやって、前進のために水かきで漕いでいます。
より明るいところへたどり着くために。
様々な不要な可能性を消去して
みんなのより良い未来が創造できればいいなと思います。
すでに起こったことを受け入れるのは創造の基礎です。
ここにあがった可能性などというものは
人間がすでに起こしてしまったことの結果なのだと思っています。
気づき、受け入れ、学びが終わったことは
調和的に消滅していきます。
面と向かわずに無視したり先延ばしにしたことは
より大きな課題へとふくらんで再度浮上します。
逃げないことは人生を豊かにします。
勇気とトモダチになりましょう。

核・前編

愛と平和を指針とする人たちは
すべての人の心に神が存在し
すべてのいのちは尊いのだという事実を漠然とだとしても受け入れています。
ですから例えば今、原発という問題が浮上してきたとき
これはすべてのいのちの権利である尊厳を守れないものだと察知して
廃止しましょう、という意見を持つというところへたどり着きます。
未来を含めてのすべてのいのちという観点から観たとき
原発はどうしてもフェアでありえないことがわかります。
そして、たとえ目先は困難に見えても
人権と尊厳を守る上で、より良いものをみつけて
それを具現化する努力を惜しまないと考えます。
そのほうが己の魂に恥じない正しい道であり
すべてのいのちに対して尊重できる姿勢であると知っているからです。
それに対して、地上の欲望の対象を得ることこそが
人間の生きる目的だと考える人も大勢いるはずです。
もちろん、愛と平和が大切だと考える人の心の中にも
欲望というものがあり、自分や自分の大切な人を守りたいという思いはあります。
国家が、家族のように愛によって結ばれるものだとするなら
その代表である政府・政治家は、国のお父さんとして
時に自己犠牲を飲み込んでも国民を守ろうとするのが自然です。
今回の震災で、南相馬の市長さんはじめ、町や村にそういう方がたくさんいらして
ご自身やそのご家族が犠牲になりながらも
市民の救済を優先して働き続けた方々の姿に心打たれました。
本当に多くの方々が、極限の状況に立たされながらも
他者のいのちを救うことをとっさに優先なさったという現実を知りました。
そうしてたくさんの方がご自身のいのちをその行動に捧げられました。
日本という国家を代表する政治家の中に
そのような魂の姿が見えないのはいったいどういうことなのでしょう。
彼らは何を目標とし、指針としているのでしょうか。
日本という国家の存続を、国家の平和と国民の幸福を、彼らは望んでいるのでしょうか。
その根本が私にはわかりません。
国家にとって経済は大切です。
私はわりと現実をみますし
みんながご飯を食べられないのに愛さえあれば平和だなんてちっとも思いません。
人間は愛を学び創造するためにも生きなくてはならないのです。
そのためにはふさわしい環境というものが必要です。
その環境を作り分け合うために人間は責任を負わなくてはなりません。
ですから精神論でなく、国家を率いる政治が目指しているところを見たいのです。
彼らは日本をどうしようとしているのでしょうか。
もしくはどうしようとも思っていないのでしょうか。
そういう観点から彼らの目指すところを観ようとして
この一月半あまり、情報収集と勉強と観察と考察を重ねてきて
いよいよこれは、国民と国家の意志は
とんでもなくかけ離れているぞということが見えてきました。
私は最初、国民の半数が脱原発という平和への道を選ぶなら
ことは動くだろうと考えました。
いくら利権と強欲にまみれた権力者でも
過半数という勢力には勝てないだろうと思っていました。
最初に原発事故に対する隠蔽がありました。
事故だけど、全然小さい、危なくない、と言いました。
放射能がいっぱい出たことは黙っていました。
その間みんな被爆しましたが
これくらいならただちに死んだりしないので黙って済ませました。
テレビで名のある人たちが言い続けて時間を稼ぎました。
ネットでは事故の次の瞬間から
原発を良く知る、善意と良心ある人たちは事故を検証し、真実を追究していました。
テレビでは、彼らのことを「反原発イデオロギーのヒステリー」と呼び侮蔑していましたが
結果はネットで訴えていた彼らの言ったことがほぼすべて事実であり真実でした。
政府は「隠してました。嘘でした」と白状し、大手のニュースもそう伝えました。
すると今度は、事故が小さいのは嘘で、放射能はいっぱい出てるけど
放射能は危なくない、と急に言い出しました。
だから、浴びても大丈夫、と。
事故の前に限度だと言っていた量の20倍浴びても大丈夫ということにしました。
子供たちは甲状腺がんになりやすいかもしれないけどこの際でも浴びていいです。
がんは先のことですから。
放射能入りの野菜も、みんな食べますから食べてください。
売ってもいいです。
現場の作業員は、いくら浴びてもいいことにしようかと思います。
がんになるかもしれませんが、ただちにでないならいいでしょう、関係ないです。
誰でもほっといてもがんになるからいいんです。
それで、ついでだから言いますけど
原発はもっと動かそうと思います。
津波が来てもいいように防波堤作るのに税金使います。
東北の復興には増税しますけど、ちゃんと払ってくださいね。
今止めている、日本で一番地震に弱くて地震が来る可能性の高い場所にあるやつ
動かす準備始めます。
他の電力はお金かかりますよ。もっと増税しますよ。電気料金上げますよ。
いやでしょ、だから原発増やしますよ、これからも。
福島は失敗してしまいました。
それは謝りますけど、反省はしてません。基準を変えます。
みんながんばって働いて税金もっと払ってください。かんばりましょう。
こうまでして日本国民に対してあえて不利益に導き
押し付ける態度の真意はなんなのでしょう。
純粋に疑問です。
このような不利益を平然と突きつけられているのだから、心ある人は怒るでしょう。
なんてこと言うんだ、お前はあほか、となるでしょう。
でも、おかしくないですか?
国家のトップに立っている人です。
子供のころから、頭が良かったはずです。
ずっとトップに立ってきた人たちです。
そしてよほどのことがないと這い上がれない地位についてる実力者なんです、彼らは。
いくら弱者になったことがないからといっても
ただばかで、わからなくてやっていることとは思えません。
彼らが国民に見せている姿は、中学生にもばかにされますよ。
中学生にもばかだとばれるような行為です。
でも彼らは本当は絶対にそんなばかではないと思うんです。
心が汚れているか、とか、魂が死んでいるか、と言えば
そうかもしれませんが
頭はいいし、今もものすごく頭を使っているはずです。
だから、彼らは多分、心ある国民にばかだと思われてもいいんだと私、思うんです。
そんなのわかってやっているんだと思うと、いろんなことが見えてきます。
つまり心ある人が目指している「良きこと」と
彼らの望んでいる「良きこと」は
まったくもってかみ合っていないのだということです。
心ある人は、彼らにとっての良きことがなされることを目指しているので
それができない政府はばかなんだと思います。
でも、政府は全然違うことを目論んで、それを意志を持って実行しているので
彼らはちゃんとうまくやっているんだと、私は思うに至りました。
つまり心ある国民は、政府を善意に解釈し、無能だと勘違いしており
政府は国民に愚行に見せかけて
しっかりと彼らにとっての実利を得ているのではないか、と私は推測しました。
そうでないことにはあまりにすべてがお粗末、茶番すぎます。
突っ込ませすぎなのです。
ここまでもこれからも全部私の推論です。
しかもにわか社会派みたいな不勉強な私ですので
踏まえたうえでお付き合いいただければさいわいです。
原発の問題は、日本国内にあかりをともしてくれる電力の問題ではありません。
これは、核保有の問題であり、世界の問題です。
核をどれだけ保有しているのかは、世界各国の強さを表し
お金を表しています。
政府は国民の安全、幸福、生活の保証というあらゆる利益をリスクにさらし
また評価を落としてまで、原発にしがみついていて原発を死守しています。
どう見ても不自然です。
世界には実際に自然エネルギーに移行し成功している国があります。
その国で使っている技術や道具は日本のものだそうです。
孫正義さんが提案したエネルギー政策案はすばらしいものですが
アイディアだけでしたら心の汚れていない中学生が考え出すことができそうな
至極まっとうな案だと思うのです。
つまり多くの人が望むような、支持されやすいアイディアだということです。
心ある人はだれだって喜んで飛びつきたくなります。
でも、世を動かす政治家は心動かされないようです。
国内だけの問題ではなく、外交というしがらみがそうはさせないからではないでしょうか。
多くの国家が核を持ちたがっています。
孫さんの言うように、原発はもう時代遅れです。
ですが、日本は原発でしか核を持つことができません。
日本国家は原発を隠れ蓑にして核を保有したいのでしょうか。
日本を核廃棄物の墓場にしようとしているのでは、という推論があります。
読むほどに、現在の状況と推論とが見事に符合していました。
また、今回の地震そのものが人工の、地震兵器による攻撃だったという意見もあります。
ネットで情報収集している方はほとんどここに一度は行き当たるのではないでしょうか。
私は最初の一ヶ月は無視していました。
震災からほどなくネットで情報を探すようになって
NHKなどの地上波情報とネットでの情報でのギャップに疲れ
主人が「もういい、俺、陰謀説(人工地震によるテロ説)を採る」と(ギャグで)言って
2人で笑った、というようなエピソードがあり
存在は知っていましたがもちろん度外視していました。
そんなものに首を突っ込んだらいくら私たちだって混乱すると思ったからです。
出来事と出来事の間のみぞを埋めるべく考察を重ねるうち
何度も行き詰まり、行き詰まりを突破する情報を求めると必ずみつかるのが
地震兵器HAARPのことでした。
そもそも日本が原発を離れられないのはなぜか、
何のために原発を持つのか、
原発とは国家にとってなんなのか、などと問いかけていくと
原発とは核であり、核は戦争の切り札であり
戦争とは人間の集合意識の怒りのはけ口などでは決してなく
金儲けの手段であり権力支配とコントロールだということが見えてきます。
その権力と日本国家は私たち一般市民にはうかがい知れない取引をしていて
その取引を遂行しているため
国民の良心や安全を求める声は反映されることなく無視され続けるのではないでしょうか。
地震兵器はそういった権力の取引のために仕掛けられたひとつの手段だということなのです。
地震兵器だなんて、ばかばかしい、と怒る人が大勢います。
私も自分のブログに地震兵器のことを書くに至るまでは相当考えました。
そっちのほうの人、みたいな偏りを自分は持ちたくないという気持ちもありました。
ですが、日々報道される大本営から送られる意味不明なニュースと
政府の取ろうとしている舵の向き、
それに対する心ある人たちの反応を見ていて
やはりここは避けては前に進めないんだろうなとカンネンしました。
地震兵器を調べると、これは荒唐無稽なフィクションではないことが見えてきます。
(後編へ続く)

お知らせ

もうすぐゴールデンウィークなんですね。
Ruachは普段どおりの営業です。
月曜日のみお休みをいただき、日曜日は夕方5時まで。
その他は夜7時まであいています。

ありそうでなかなかないこと

昨日のお休みは久しぶりにお天気がよかったので
少し遠出して、伊江島(いえじま)へ行きました。
車に自転車2台を積んで本部(もとぶ)の港まで行き
フェリーで自転車とともに移動し、伊江島自転車ツアーです。
うちは沖縄の地図で言えば下の端っこのほうです。
高速道路の南の終点からさらに下りますが
本部というのは高速道路を北の終点まで上り
さらに北上します。車で2時間くらい走ります。
沖縄本島は北と南だとまた違う国に来たみたいに風景も生えている樹木も違います。
沖縄リゾート、というとダイビングで恩納村とか、ちゅらうみ水族館がある本部とか、
パイナップルパークのある名護とか、おしゃれな北谷とか、
そっちのほうへ行かれることが多いかもしれません。
伊江島はぺらんと平べったい島にタッチューと呼ばれるにょきっと生えたような山があり
島の聖地となっています。
170メートルほどの高さで下から見上げると斜面が急なので
あんなの登れないよ、と思うのですが
ものすごくきつい階段が作ってあって、頂上まで登れます。
頂上から島の全貌を眺めることができ、
赤土の畑が見事に敷き詰められて
私は土地があまりに見事に有効活用されているさまに感嘆してしまいました。
ゆり祭りも開催されていました。
まだ5分も咲いていない感じでしたが
満開を見たら相当興奮するに違いないと思います。
ゆりの植え方といい畑のきれいさといい伊江の方のお人柄が覗えます。
また見渡す限りの畑の一本道を自転車で爆走する快感は
実は坂が多く入り組んでいる沖縄本島では味わえない開放感です。
小さい島なのに、北海道かどこかの大地を爆走している気分で
まるで映画の中にいるようでした。
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家すら一軒もない、見渡す限り畑の一本道を自転車で爆走したとき思わず
「こんなの生まれて初めて!」と言いました。
言いながらほんとなのかな、と思いましたが、本当でした。
これからの日本の子供たちと大人たちのことがやはり気になります。
みんなにも、こんな気持ちのいいことをさせてあげたいと心から思いました。

自己を落ち着かせるためのあれこれ

沖縄は最高の日和です。
今日は日曜日で、お向かいのにじ公園は
「ここは有名行楽地なの?」と思うほど親子連れさんで賑わっていました。
みなさん、チャクラ整ってますか?
瞑想は心の万能薬ですが、
普段から慣れていない人にとっては
バランスを崩しているときにはと余計に難しく感じられますよね。
レイキヒーリングは自分の調子が良くないな、というときでも
ちゃんと機能してくれますから自己ヒーリングはぜひ行ってください。
私のほうでも先日の君子蘭の写真に日々チャージしていますので
何度でもお受け取りくださいね。
とにかく今は恐怖心を日々癒しながら
意識を中心に戻してあげる作業がとても大切です。
魂がちゃんと体の中心にいてくれれば
どんと腰が据わって、判断や思考も的確に働いてくれます。
オーラソーマやフラワーエッセンスは
とても簡単にオーラやチャクラ、波動の調整をしてくれますので
ぜひ活用なさってくださいね。
普段からお使いの方も
緊急になると忘れがちだったりします。
知識がない方でも「バッチフラワー」の「レスキュー」や、
オーラソーマでは「ポマンダー」の「ホワイト」は
現在の集合意識の状態に合っていて
多くの方の助けになると思います。
強力な浄化力と、すべてのチャクラを整えてくれる働きがあります。
私は今頻繁にポマンダーのホワイトを使っています。
ちょっと疲れたな、と感じたり、何かで頭がいっぱいになっているようなとき、
落ち着かないとき、恐れがハートをよぎるときなど
くっついているエネルギーをぱっと取り払ってくれて心身が軽くなります。
おかげで普段より雑用がはかどってぱっぱと行動できています。
【送料無料】「ポマンダー(25ml) ホワイト」すべてのチャクラを保護し、それらをバランスさせる能力があるオーラソーマ・ポマンダー。ポマンダー(25ml) ホワイト
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ポマンダーのホワイトは、
普段ヒーリングをするときセッションの前後にはいつも使っています。
手のひらの中央に3滴落とすだけで、
手のチャクラがとてもあったかくなり、活性するのがわかります。
これは、ポマンダーのディープマゼンダでもとても強力に感じます。
グラウンディング強化や、日常のすべてにしっかりと向き合えるようになりますので
この時期、これもいいかもしれません。
昨日瞑想でマザーアースの声を受け取りましたので一部分お伝えしておきますね。
優しい心を持った人の中に、地球を汚してしまったという罪悪感に駆られている人が多いが
どのようなときにも、罪の意識は内面の投影。
心配はいりません。
地球も人も、ともに自然の生き物ではあるが
そのスピリットは神から与えられた、神によって創られたもの。
人間は自然の動物とは異なる。
人間にとってこの地球は、創造活動をしながら神を探求するための実験劇場。
私自身もそれに同意してここに存在している。
私たちは創造活動における仲間であり同志で
スピリットによってつながり、ひとつをなしている存在。
自然現象や見た目に起こっていることに心を奪われることなく
自己の創造に力を注ぎ、存分に表現しながら生きなさい。
恐れを感じたときこそ私とのつながりを思い出し
実際につながりなさい。
いかなる人も、地球の生き物である以上
私から逃れることもできないし
逃れようとする必要もない。
神への信頼と同じくらい私を信頼しなさい。
神も私も、恐れるべき存在ではなく
いかなるときも、あなたの味方だということを
思い出す努力をするように。
みなさんへ伝えるためでなく、私のためのメッセージなので
わかりづらいところもあるかもしれませんが
「私を心配したり罪悪感を持つよりも
自分の進歩や信頼、創造のためにがんばるように。
一緒にそれをやっていきましょう」ということのようです。
グラウンディングしましょう^^

これはアップしておきます☆

すごかったです。
こういうことがきる人が現実に出てくるとは・・・
http://www.ustream.tv/recorded/14153702
携帯で映像が見られない方のために少し。
ソフトバンク、孫正義さんが
民主党各位を招いて復興ビジョンのプレゼンをしている
インターネット配信の映像(Ustream)
4月20日のものです。
被災地で流してほしいくらい、勇気と希望をもらえます。
孫さんのプレゼンですごかったのは
政府をまったく糾弾することなく
むしろ政府をも赦し救済する内容だったことです。
また孫さんに泣かされました。

平和をつくるとはどういうことか

連投します。
「原発がいつ止まるか」によって
今地球上で暮らすみんなの人生のトーンはだいぶ違ってきます。
私は祈る時に、物事の変更は願いません。
祈るのは神への愛と内なる平安、
そしてすべてが気づきと真の幸せへと向かうこと、だけです。
ですから、物事の変更、例えば、原発が爆発してほしくないな、と思うなら
爆発しないですむには、どうなればいいのか、ということを
自分の頭で考えます。
それは、神のみぞ知るでしょ、と思われるかもしれませんが
それは、神が管理していないことです。
原発は人間が作り人間が運営していて人間が使っているもので
この世でのあれこれの後始末だけ神に任せるのは筋違いなのです。
この世のあれこれは、因果律の元に現象化していますから
私たちにできることは、刻々と事象化している事実の因を変えること
簡単に言えば、心を変えること。
それから、その心に嘘がないよう、行動する(言葉、態度など)ことです。
それにはまず今起きていることを受け入れ、認め、しっかりと見ることから始まります。
そして今起きていることがどのような因から来ているかを見定めます。
原発事故に関して言えば、これは人間の強欲、傲慢、利己主義が大きいと思います。
それは、一部の人のであって自分は被害者だと感じるかもしれません。
そんなにおおげさなことではない、たいしたことはない、と感じられるかもしれません。
たかが電気のことじゃないか、と。
でもそれが、本当はそうではないことに気づければ
事象すなわち果は変化していきます。
一部でなく、すべての人間の中に潜む同じ心に大勢が気づく必要があるから
誰もがかかわりがあって、避けて通れない、今の結果が起こっています。
今日本で、これはいかん、何とかしなければと
みんなの問題を自分のこととして引き受ける覚悟をした人は
まだ半数に満たないようです。
これまでもなんとなく生きてこれたし、これからもそんなもんだろう、
私はこれまでの便利で平穏な生活ができればいいんだ、と思っている人がまだ多いようです。
スピリチュアルの教えの中に、
自分の心が平和なら、投影である世界も平和だ、というのがあります。
だから、騒いだり、怒ったり、ことを荒立てて
世の中を変えようとするやり方は間違っていると思う人もいるかもしれません。
けれどそのように考える場合の平和は、勘違いだと私は確信しています。
なぜなら、そこで言う自分の心の平和は
この現象界にある二元性の両極の中の平和に見える部分だけを切り取って
そこだけに意識をフォーカスして「平和だ」と言っているに過ぎないからです。
本当の平和ではないから、外からの刺激であっという間に崩れてしまうので
何も感じないように心を閉じてしまっているに過ぎません。
真に心に平和を持つ人、真の平和を作る人というのは
現象界のどのような場面を見ようと、どのような場所に立とうと
内なる神の平安、神の御心から外れずにいられる人のことです。
そのような人の世界は地獄の光景の中にあっても平和です。
ですから、瞑想がだいじと言われるのは
そのような人に近づくよう、心を神とひとつにしておきましょうということなのです。
起こっていることを見ないで、必要な対処をしないで、見たいところだけ見て
私だけは平和でいようというのは、スピリチュアルとして勘違いであるだけでなく
人間としても道に外れることになるでしょう。
さて、今起こっていることからの学びに多くが気づくことで
全体の受ける痛みは小さく済むように、というのが私の小さな願いです。
人間が積極的に、率先して、建設的な方法で悔い改めて現在の問題に取り組めば
この難局も少しは優しい肌触りで切り抜けられます。
なにより、人間が人間に対して誇りや希望を失わずに済みます。
次への一歩はそれだけ早く前へ向かって踏み出せます。
逆に、このまま欲望のままに、過去を改めずになるように任せるなら
今進行しているシナリオはもちろんそのまま続行です。
一部の気づいた人たちが懸念している、
多くの人間に多大な痛みと悔恨の傷跡を残す道が
もうすでに明らかに示されています。
シナリオはもうすでに続行しているということに気づいてください。
ですから、気づいた人から変える必要があるのです。
(大きな痛みのほうがいいという選択をするなら別ですが)。
ですからどうか、大切な人と話し合ってください。
そして互いが理解し、決意できるように努力してください。
今起こっていること、そして今続行しているシナリオ、
私たちが選択可能な未来をみつけて、決めて、そのことを伝えてください。
愛とともに平和を作りたいと願うすべての人へ呼びかけます。

その声は・・・

前回の日記の、お花の写真からのヒーリングをお受け取りくださりありがとうございます。
もし良かったら何度もお受け取りください。
日々チャージしていきます。
また時期を見て更新したいと思います。
昨夜寝ていて、突然言葉が聞こえて目が覚めました。
その言葉に驚いてしまい、そのあとしばらく眠れませんでした。
聞こえた言葉は「核の冬」。
とても大きな声で頭の中で響きました。
いったいなんなんだろうとびっくりして、
確かに聞き覚えのあるその言葉について思いをめぐらせました。
自分でもすっかり忘れていました。
先日の日記で、88年に原発がバックボーンの芝居をしたことがあると書きましたが
玉川大学の演劇専攻に在学中、学内で旗揚げした劇団の最初の公演は
1986年、アートシアター新宿という劇場で
「黄昏時の伝説~終末を楽しく迎える方法」
という芝居でした。
核による汚染によって人間が滅びようとしている中、
政府はパニックや反乱を制御するために
終末を楽しく迎えるキャンペーンという政策を行っています。
365歩のマーチにのって、終末はみんなで迎えれば恐くない、みたいな洗脳をします。
不条理な設定です。
政府の人間はもちろん自分たちの身の振り方は準備してあります。
なんだったのかは忘れましたけど。
それに危機感を抱いた反政府のグループは
プレアデス星雲に人類が移住可能な星を探しにいきます。
家族を捨て、人類の希望のために
コールドスリープとワープを繰り返して旅するというもの。
私はその宇宙船の乗組員、聖(ひじり)さんの役でした。
一方地球では、愛の使者や黒い闇という存在が暗躍し
恐れを逃れるためにただ踊るだけの人や
日常のドラマを続けるために必死の人、闇と戦おうとする人、政府に取り入る人など、
いろいろな人が出てきます。
人間がそれぞれの立場から、生きる意味を模索し、対立が起こり、戦いがあります。
その中で、必死に生きる人の思いが交錯し、
多くが死に、仲間を葬りながら私が言うせりふは確か、
「子供を作るのよ、たけだくん。」だったような気がします。
やがてはその地球も「核の冬」という現象に見舞われ
地上は氷河期に入り死の灰とともに人類は絶滅します。
しかし、その氷河の中にも生命の息吹は残され
そこから地球創世のときのように時間をかけて進化をし
何億年がたち、やがて、最初の人間が生まれる、というところまでが描かれていました。
若くはちゃめちゃな芝居だったのですが
見てくれた人から「ナウシカみたいだった」という感想が多く聞かれました。
私は演出助手をつとめ、台本の清書もして
その裏書に確か、参考文献「核の冬」と記したのです。
それ以来核の冬という言葉を思い出したことは多分一度もにありませんでした。
20歳になりたてのときのことです。
核の冬は、放射能の死の灰によって太陽の光が地上に届かなくなり氷河期になるという説で
80年代に発表されています。
それが25年もの歳月を経てなぜ夢枕に思い出されたのかわかりません。
この芝居がそういう設定だったことさえ思い出すことがなかったというのに。
潜在意識の記憶のどこかから出てきたのでしょう。
それにしてもさらに驚いたのが
その芝居で政府がしていた荒唐無稽なキャンペーンが
まるで今行われている隠蔽や情報操作、洗脳、マインドコントロールと
重なって見えることです。
その芝居を通して私が感じたのは
それでも人は美しい、ということでした。
やがてはすべてが過ぎ去っていきます。
残すものは本当は何もないのです。
敵対した相手も、かかわりを持たずにすれ違っていった人々も
やがては魂のふるさとへ帰る仲間です。
誰もが創造活動をしている同じ劇団の仲間のようなものです。
ただ、遠く宇宙の記憶に、私たちは何かを刻んでいきます。
意識し、選択し、刻むことが私たちにはできると思うのです。

波動をあげていきましょう

このお花の名前をご存知の方、良かったら教えてください。
去年主人が患者さんからいただいて、先日からかわいいお花を咲かせています。
今日は久しぶりにこの写真から
ヒーリングを受け取ることができるように設定いたします。
心が外界に傾くと、とたんに波長が乱れてしまい
そうなると集合意識の影響をどんと受けてしまうようです。
お疲れの時、心が落ち着かない時、意識が散漫な時、不安や恐れに侵入されてしまった時など
また、内なる愛と光とひとつになりたい時、瞑想のお供に、
お受け取りいただけたらと思います。
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写真のお花を見ながら心で宣言してください。
「私は今からヒーリングエネルギーを受け取ります」もしくは
「私は今から愛と光を受け取ります」と、お願いします。
1分くらいお花を見ていてください。
その後目を閉じて、眉間辺りから光が入り、ハートまで降りて広がるのを感じてください。
実感がなくても、そうなってる、と認める感じで大丈夫です。
2~5分ほどそうしてお過ごしいただければOKです。
良い一日がみなさんに訪れますように。

後悔のない生き方

幼いころからの母の教育で
「後悔しないように生きなさい」と言われて育ちました。
父は「人生は魂が見ている一瞬の夢だ。好きなように生きて納得して死にな。」
と言います。
その父と母の作った家庭(今は離散しながらも助け合う宇宙家族)は
決して平穏でも温かく優しくもなく、波乱万丈で時に悲惨ですらありました。
親の言いつけを守ろうと思ったわけではないのだけれど
子供なりに真実の言葉については常に考えて生きてきた。
きつすぎて傷つきすぎたこともあったけれど
後悔しない生き方、についてはようやく結論めいたものにたどり着きつつある。
私は今沖縄でかなり幸せに平和に平安に満たされて生きている。
ほっといたら、本当に幸せなまま、満ち足りて生きられそうな感じもあるのだが
この度東日本の震災と原発の問題が起こってからは
かなりの意識とエネルギーをそこに投入している。
調べると沖縄には原発がない。
電力は沖縄電力が管轄で、沖縄では節電しても島外へはもちろん電力を送れない。
地震も、去年の初めに震度4の揺れがあって
引っ越したばかりの我が家は結構ゆれて
新築の床に傷がついた。
その程度だ。
その規模の地震は100年ぶりだったそうだ。
経済活動面としては、沖縄は全国に助けがほしいほど壊滅的に貧しい。
がんがん稼いでがんがん寄付をしたいところだけど、がんがんとはいかない。
そもそも夫婦とも、がんがん稼ぐための仕事についていないのでそこは無理しない。
物資はある。
ガソリンが高いのは痛いところだが
イオンの棚のお菓子や酒屋さんのお酒の棚が
ごくたまにスカスカしていて、震災の影響で、というお詫びの紙が貼ってある。
水の買いだめはおやめください、とも書いてある。
とても恵まれている。
その上私はスピリチュアルというものを信じているので
何があっても、何がなくても、魂があれば、大丈夫だと思っている。
魂があれば、みんな大丈夫、と思う。
でもそんなふうに人間はなかなか思えないし
どう思おうとどう考えようといいから
みんなが幸せになる切符(魂)を間違えて捨ててしまったり
どっかに置き忘れてしまわないように
呼びかけていたいと思っている。
何を失ったとしても、それだけは失わないようにがんばろう、と思っている。
原発の問題がどうしてこんなに気になるのだろうと時々考える。
もちろん震災以前に反対活動などしたことはなかった。
1988年に原発をバックボーンにした劇団の芝居で主演した。
それから、その2年後には核戦争をバックボーンにしたに芝居をプロデュースして
脚本を書き、やはり主演した。23歳のとき。
個の自由との対比として、最も強力でインパクトのある対立を描きたくて選んだ。
そう、今はっきりとわかるが
戦争と核(原子力)は、個の自由という権利と完全に相反するものなのだと言える。
どちらも、私たちをいやおうなく束縛し、運命付けてしまう。
そして家族や愛するものを超え、遠く未来にまで修復しがたい傷を負わせるものだ。
その根拠がこれだけ明確にわかっているものは数少ないかもしれない。
そういったものに対して拒否を示すことは、気づいた者の責任でもあると思う。
それぞれの人に理由はあると思う。
でも、はっきりと言うけれど
少なくても原子力発電は、あなたの利益にはなり得ません。
それよりも失う可能性のほうが大きいと思います。
なぜなら原子力という国策は、国民の利益を最初から尊重していない。
国民から生活や、健康や、命や、尊厳や、信頼などというものを奪うというリスクの上に
一部の利権と国家同士の駆け引きのために存在しているものだと言えます。
あなたの豊かな生活のためには安全な原発しかない、というのは
マインドコントロールだったのです。
これは、未来の歴史が必ず証明するだろうと私は思います。 
少なくてもこの1ヶ月のあいだにさえ
政府やその周辺の学者たちが、国営放送や公共の電波に乗せて発表してきたことが
ことごとく嘘、いつわり、隠蔽であったことが明らかになり
反核イデオロギーのヒステリー、不安をあおるデマとさげすまれた人たちの情報が
ことごとく事実であったことが物語っています。
今日も御用学者さんたちが陳謝という記事を読みました。
でも、あれは過失だったのでしょうか。
多くの人が決定的で致命的な被害を被るを前提での発言や策だったはずです。
それでしたら、確信犯です。謝罪で済む話ではないはずです。
私は日々不安や恐怖を感じているかというと、
そんなことはありません。
頭は結構使っていますが、心は相変わらず静かな日々です。
放射能や汚染が恐いから対策のために情報を調べているのでもありません。
もちろん沖縄と言えど影響はありますし
チェルノブイリで実際に起こっている長きに渡る被害、
癌や奇形の子供を見ると恐ろしく感じます。
もうすでに、みんなの大事な大地も空も海も、おそらく人も相当被爆してしまいました。
でも一番恐いのは、一部の特権階級の人たちが、
人々に自由な選択をさせないよう、操作し続けることと
自由な選択をするために、人々がもっと知ろうとしないという
すべての命と世界に対して無関心で無責任な態度を取り続けることです。
そんなことでは、後悔しないよう生きることなんてできっこないし
(後悔するしないは自由ですが)
人間がこの世に生まれてくる意義さえ危ぶまれます。
それは人間を動物化するだけでなく、家畜化することになるからです。
私は家畜ではなく人間であり魂ですが
同時にこの今をともに生きる人間たちとも共同体です。
ゆえに個々の自由と尊厳に明らかに反するものである、戦争と核、
その温床である原子力発電というものを、人間の名において拒否したいと思います。