トータルヒーリングスペースRuach[ルーア]沖縄 ホームページが新しくなりました

お知らせです。
ルーア・旧ホームページが閉鎖となりました。
新ホームページは3つになります。
心のセラピーhttp://ru-o.jimdo.com/
鍼灸整体治療院http://ru-a.jimdo.com/
在宅訪問の鍼灸リハビリhttp://ru-h.jimdo.com/
また、6月より料金を一部改定させていただきます。
6月1日のお申し込みより適用させていただきます。
また、メールセッションは遠隔ヒーリングに統合させていただこうと考えております。近々にHPの改定をさせていただく予定となっています。メールでのセッションがご希望の方は遠隔ヒーリングとしてお申し込みくださり、ご相談の内容をメールで詳しくお書きくださればご返答いたします。
ヒーリングセッションを加えたほうが圧倒的に明確に変容をもたらすことが可能なことと、メールの回数を制限せずにサポートさせていただくことができます。
ヒーリングに関してはこれまではお試しにどうぞ、という気持ちで非常に低価格に設定してきましたが、内容の濃さなどの手ごたえを考慮し、バランスのために調整させていただきました。
現設定は、対面のほうが遠隔よりも低価格にさせていただいていますが、これは、対面のほうを引き続き沖縄感謝価格とさせていただいているためです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
感謝とともに
AZU拝

霊的な覚醒とは

ちょっと気を抜けば、世の中の混乱に巻き込まれそうな気持ちになる。
それは感覚、思考が発達した人であるほどにそうだろうと思う。
私は瞑想でそれをなだめようとか、幻想だから見なくていいなんて思っていません。
瞑想は私たちをより広がった高い意識の視野へといざない
その全体性をあるがままに見せてくれ、受け入れる勇気を与えてくれます。
それは、決して私たちが無力で一人ぼっちで
このサバイバルの世界を生き抜くために人生があるわけではないことを
あらゆる面からあらゆる方法であらゆる道筋を通して教え導いてくれます。
その、導き手である圧倒的な超越した光を神といいます。
瞑想は、その神に出会い、その愛に気づき、私たちの持てる愛を引き出してくれるものです。
霊的に目覚めているというのは、この神と自分がともにあるという自覚です。
この神を忘れて違うことを信じているとき、私たちは眠っています。
目覚めながら世の中を観ると
あるのはただの現実。
混乱は、それを見たときに反応している心のほうにあります。
混乱した心で世界を見て、反応のままにアクションすると
その混乱を現実化します。
ですから、混乱した人は混乱を創造します。
目覚めて行動する人は、世界をあるがままに見て
よりクリアさを実現していきます。
起こっていることに対して、クリア、というレスポンスを返していけるのです。
クリアであると、迷妄という誘惑から自由です。
ですから、自由を創造できます。
どうぞ、多くの人が、心をクリアにすることに向き合われ
その自由さとともに、愛の世界を創造されますよう。
そのための一助として今日も働けますことに感謝します。
≫THRIVE
正しいかどうか、という議論を抜きにして
一度は見てみる価値があると思う映画。
今無料で見ることができます。

夢がまことになるとき

意外にも多くの皆さんがご自身のインナーチャイルドと重ね合わせて読んでくださった
私の小学校6年4組のクラス会、その後の物語です。
物語は私が何度も何度も繰り返し見る同級生の二人の親友の夢から始まりました。
そこへ転校生だった男の子からのメール。
担任のいわちゃんの退任のお祝いをするためみんなで集まりませんか?という誘いです。
そのアイディアを共有るすのは転校生の彼と私だけ。
それから、二人で見えない糸をみつけ、つないでいく作業が始まり
とうとう13人と、いわちゃんを囲む会で33年ぶりの再会を果たします。
青春ドラマですかっ?!
今日は転校生だった男の子から私へ贈ってくれたある問いかけについての話。
その子はとっくん(仮名)です。
とっくんが私たちと一緒に過ごしたのは一年足らずだったかな。
とっくんは私とサミちゃん(仮名)が歌って踊っていたビンクレディーのレパートリーを
なかなか気に入って覚えてくれたようです。
その他にも、細かいいろんな出来事、いわちゃんからもらったたくさんのメッセージと愛を
たくさん記憶していました。
会のあと、彼は私にこう問いかけてくれました。
「オミ(私)はどうして6年生でそんな子になれたんだと思う?」
クラス会で、先生や仲間がオミについて
みんなのために、みんなが幸せでいるように、いっつも考えて行動してたねと
話してくれたことについて彼は
いわちゃんだけでなく、オミもあのクラスに影響していたんだ、と思ったそうです。
あのクラスのあの空気は、もちろんみんなの心でできていました。
でも確かに私はみんなのことをいつもとても真剣に、大切に思っていました。
「いつかこのことについてゆっくり話を聞いてみたい。ブログに書いてくれてもいいよ」と
とっくんは言いました。
それで私はまたゆっくりと、オミのことについて考えることができました。
考えるほどに、それは私のすべてのせいだとしか思えませんでした。
お母さんのおなかに宿ってからのすべてと
魂と、それから前世の記憶と
家族全員と、出会った人全部と、そんなすべての影響。
ただ、とっくんはそのことを
すばらしいな、どうしたらそんな子に育つのかな、と思ったかもしれませんが
それはいい面だけでは決してありませんでした。
例えば、私は典型的なアダルトチルドレンの苦しみを味わいました。
私はとっても精神力の進んだ女の子で
早くに大人の役をやることに生きがいを感じていました。
2歳からの記憶があり、3歳ですでに自分を大人だと思っていたのを覚えています。
2歳下の弟は生まれつき顔と全身に青いあざのある子で
弟を守るのは私の役目だと思っていました。
お父さんは、弟がそのように生まれたことを苦にしたのを発端に10年近く酒びたりで
お酒をやめた後も極度な躁鬱病はひどくなるばかりで
攻撃的か破滅的かどちらかの顔しかほとんど見せることはなく
恐怖そのものという存在でした。
お父さんはちょっと有名人だったので、誰にもそんなことは言えないと思っていましたし
勇気を振り絞って告白しても大人は誰も信じてくれなかったと記憶しています。
だから私は世間の誰からも信用されるようなまともな大人になって
誰が正しくて誰が狂っているのかを
ちゃんと証明できるような人になる必要があると信じていました。
そうしてお母さんや弟や妹を守れるようにならなくてはと思っていたのです。
だから、11歳ですでにみんなの幸せ、なんて考えていたのは
私がアダルトチルドレンだったから、と言ったって過言ではないのです。
高校生になると私は自分で自分に課した重荷に耐えられなくなっていました。
実際に強くて優しい人になるのはそんなに簡単ではありませんでした。
みんなを幸せにするどころか、
自分が普通に社会生活を送ることすら危ぶまれる心身の状態に陥り
やがて長い年月をかけて全部投げ出すしかない状態まで追い込まれていきました。
全部というのは本当は真実ではありませんが
子供のころに描いた自分や、あのまま進んでいけば可能だと思い描くことのできた領域からは
大きくドロップアウトしていきました。
大人になるころには、弟が精神病を発病していることがわかりました。
とても優しくて私とは仲が良く、似ているところもたくさんあった弟ですので
きっと私もそうなる、と思っていました。
あのころはなにもかもがしんどすぎてこの世は地獄のようにしか思えなかったので
何が辛いのかも自分でよくわからないほど混乱していました。
今思うと、自分は正気でいたいのに、いつか狂うだろう、という思いは
とてもとても大きかった気がします。
それで、母から「あんたたちは」とひとくくりにされると発狂しました。
そして、ほら、やっぱりね、私はもうだめだ、と心底絶望したものです。
このことは私が今、父と母と弟と妹を完全に愛し愛されているとわかるので
初めて書くことができました。
こういった苦しみから逃れるために私は人間の心について必死で学びました。
心は意識となり、神と宇宙と脳の仕組み、病気、人間のエゴ、真理、
またスピリチュアルのセラピーやワークにはなんでも真剣に、というか
必死に取り組み、その取り組みはあらかた成功にたどり着きました。
その成功とは、なにかを成し遂げるとか得るとか達成することではありませんでした。
それは人間を深く知るということです。
あらゆる理とそこに流れる真理に触れ、それを信頼ながらに生きることです。
そのことで私は自分を縛っている制限、苦からある程度自由になることに成功したのです。
このことを私は幸せと呼んでいます。
先日のクラス会で、私は12歳のオミにリアルに出会うことができました。
それは私の脳みそではなく、仲間たちがその意識に保存してくれていました。
私の記憶の中では、エゴをとことん解体した段階で
小さいオミはすごかったけど、でもほとんどはエゴの思い込みが原動力だったんだし
それらは解体された時点でパワー自体も縮小されたように見えました。
ところがユキちゃん(仮名)がそのエゴの奥に潜んでいた
一番重要な動機についてのキーワードを私に渡してくれて
私は本当に大事なものを思い出しました。
前に書いた「わたしがいるじゃない」と
幼稚園のときに私がユキちゃんに言ったという言葉です。
私は「わたしがいるじゃない」と、誰かに言える自分になると決めていたのだと思います。
それで、意気揚々としていた私も思春期には神経過敏になり
人間力を身につけなければならない時期には
無力でどんくさい(スマートじゃない)人になったりして
底力を身につけなければなりませんでした。
さらにエゴに気づいていく過程では真実にうんざりする時期もありました。
そしてなんとか鎧を脱ぎ捨て本当の自分に戻りつつあるこの頃になって
最初の設定の意味がようやくわかりました。
それは魂が選んだ指針です。
11歳のオミがああいった女の子だったのは
アダルトチルドレンだったから、というのは一つの側面です。
もう一つの側面は、私は自分の魂の指針に沿って、一生懸命に生きていたから、です。
6年4組は今になってはっきりとわかるのですが
本当に色の濃い子たちが集まっていたようです。
言い換えると魂のままに生きていた感じです。
そんな彼らだから、あんな私を、okと記憶していてくれたんだと思います。
not okな子もいっぱいいると思うけどね。
だって当の私が本当に投げ出そうかと思っていたくらいなのですから。
とっくんがクラス会のときに全員分コピーしてくれていた卒業アルバムの写真は今も
このパソコンの隣りに置いてあります。
みんなとの交流はメーリングリストで続いています。
リストは「6-4の教室」と名づけられ、教室はわいわいしています。
昨日は先生が割って入って
「おいおいおいおい、お前たち!仕事はちゃんとやってるのか?」
なんて注意されました。
あのころとおんなじ。
今みんなは闘病中の友達のお見舞いに行く計画を立てています。
その子は記憶が保てないという症状があるそうなのですが
6-4のことは覚えているとお母さんから聞きました。
私はその子にとても会いたいな~と思っています。
自分にはなんにもできないかもしれないのだけど
会えたら私が幸せだと思うので、きっとその幸せは伝えられるのではと思っています。
早くに私の魂の指針に気づいてくれた仲間。
私は魂の仲間たちと、こんなに早くにまとまって出会っていたんだ、と
驚かずにはいられませんでした。
しかも33年経ってそれに気づくなんて。
こうやってみると、私の出会いは精妙に、功名に、
すべてが美しく仕組まれているように見えます。
この人はソウルメイトかしら、否かなんて、愚問です。
すべてはソウルメイト。
その人を大切にこころを開いてハートでつながれるのかどうかだけが課題です。
それができるようになるレッスンにみんながつきあってくれているのですね。

持続可能な自然エネルギー

沖縄の日本返還40周年にあたり
沖縄公文書館で行われている日本復帰40周年記念特別展を見てきました。
沖縄公文書館   http://www.archives.pref.okinawa.jp/
琉球王国が日本に統治され、アメリカに統治され、日本に戻ってくる歴史の年賦があります。
すごく参考になったことの一つ目は、
アメリカ国家の世界支配戦略にはものすごく歴史があって、進んでいる、ということです。
人の心理をちゃんと計算して広い視野で卓越した策略を立てて実行しているので、
目の前のことに気をとられていたらあっという間に取り込まれてしまうなぁと思いました。
日本が戦争に負けて天皇という神を喪失し、食べ物と戦っている間に、
とても上手に沖縄やその他の島や必要なものを着々と手に入れていったのが
よくわかりました。
日本に対してだけではなく世界全体に触手を伸ばし
今もずっと、ちゃーんと続いてるよ、と思い知りました。
二つ目。
沖縄の人はこの間本当によくアメリカの動向を監視し、
市民運動などを活発に行い、
とうとう沖縄を日本に返還させた、ということ。
これは、私にとっては目からうろこでした。
知ってはいた気がしてたけどわかってなかったことです。
私は市民運動が勝利した事実を目の当たりにしたことがなかった気がします。
沖縄では誰もが諸手を振って日本への返還を願ったわけではなかったことは承知ですが、
それでもアメリカが沖縄を占領し戦争のために土地を支配し基地を配し続けることに
NOと言った背景をおぼろげにも感じることができました。
主人が鍼灸の訪問をしているあるおばあちゃんの言葉。
「基地返還に失敗したのは鳩山のせいじゃないよ。
誰がやっても一緒。
難しいよ。
とってもできないことよ。
だけど、私たちは叫び続けないといけない。
孫の世代のためにね。
私たちのためには無理だけど」
多くのおじいおばあは、基地に反対とはなかなか言いません。
難しいよー。変わらんよーと言います。
このおばあちゃんもそう言っていたのです。
でもそれは、賛成と言っていたわけでも無関心なわけでもなかったんだと初めて知りました。
反対、と口にするのは簡単。
でも本気で言い続けることはとても難しいということを彼らは知っている。
きっと簡単に口にしても伝わらないことなのです。
丁寧に、勇気や思いやりや根気や忍耐や理解や継続や行動という
人生にとって大切ないろいろなことを駆使して伝える努力が必要なのでしょう。
何よりも言い続けるということは、愛なしには不可能なのでは、と思い当たりました。
反対すること、怒ることは一瞬なら爆発しますが
ぶつけるのではなく、本当に伝わることを願って
相互理解を求めて伝え続けるには
愛を原動力にしないことには持続可能な自然エネルギーになりえないと感じました。
反対運動がなかなか功を奏さなかったのは
持続可能な自然エネルギーじゃないことが要因になっているかもしれません。
私は脱原発や脱基地支配を含めて、人類の脱戦争を強く願います。
そのためにも持続可能な自然エネルギーを使いたいと思います。

この地上でアセンションする

「誰も知らない基地のこと」 http://kichimondai.com/
ネタばれしますけど書きます。
沖縄のことがたくさん出てきます。
というか、この映画の主人公は、島袋さんだと思いました。
沖縄では、基地についてとても切実な意見が聞かれます。
東京ではやはり遠い地のことだったし、本当に毎日の生活に追われてしまっていました。
基地は、日本が敗戦国で、まだ見えない占領を受けていることを示しています。
まだどころか、見えざる支配の計画は加速し成長し続けています。
沖縄では簡単に基地反対とは言えません。
その理由は主に実質的な経済の問題です。
基地に土地を貸してお金を得ている人がたくさんいます。
それから基地には仕事があります。沖縄ではとても貴重です。
軍人さんと家族を作っている人もいます。
沖縄では親戚一同が助け合いながらたくさんの子供を育てています。
親類にこうして収入を得ている人がいればきっと、
なにか被害を直接受けない限りはなかなか反対とは言えないのでは、と推察します。
そんなこともあり私は以前、基地の土地がみんな返還されたら、
農場にできたらいいな!と思いました。土を浄化する必要があると思いますが、
沖縄の美味しい野菜をたくさん作って日本の必要な人に届けられたら素敵だと思いました。
きっと賛成してくれる人は少ないかいないだろうと思いながらも、
イメージすればするほど胸が膨らむアイディアだと思いました。
冒頭の映画で主人公の島袋さんが基地のフェンスの前で基地の中を指してこう言いました。
あそこが僕の土地なの。もし土地が還ってきたら、
僕はあそこに大根を植えようと思っている。
二列植えただけでも120万本ができる。
そしたらその大根を沖縄の人みんなに配ろうと思ってるの。
私はそこで思わず号泣しました。
島袋さんは、自分たちの土地が、人殺しのために使われるのは嫌だと言いました。
料理するから包丁貸してと言われたら貸すけど、
人殺しするからと言われたら貸したくない、と言いました。
何十年、ずっと言い続けてこられたんだろうと思いました。
そのためなのか、争いというオーラは島袋さんには影すら見えず、
ただ正直にほんとのことを、まっすぐに言うことへの決意のようなものだけが見えました。
それがどれほどのことか、
どれほどたくさんの思いを乗り越えてこられたのか、と感じました。
原発の事故があって、世の中ではもう、
本当のことをみんなが知らないことには次への成長進化は起こりえない
というような大きなうねりがあります。
私たちは長いこと平和を望んできました。
その答えが今、手に取ることができるほど目の前にあります。
平和とは、私たちが自己という存在の真実を知ることに他なりません。
私たちの内なる宇宙の中心は愛というカクからなっており
そのエネルギーを完全に封じることは不可能です。
その本質を妨げるものは恐れとしてこの世に不自然な搾取や支配という幻想を投影します。
私は今世で、島袋さんの畑で育った大根を食べられるでしょうか。
その時の、みずみずしいしゃきっとした沖縄の赤土のついた大根の味を
鮮明にイメージすることができます。
沖縄じゅうの人がそれを口にしたとき、
不可能だと思いこんでいたことは、幻想だったと多くの人が目覚めるはずです。
でもできたら、食べる前に目覚めて、その準備を手伝いたいとは思いませんか?
私はそれができたらそれは大根を生きている間に食べることよりも価値があると感じます。
実際にみんなが食べるのはもっと先のことだったとしても
その畑を耕す、つまり、世界観を変えることがそれです。

福島、東京、沖縄、

原発の問題を思うにつけ、沖縄の基地問題と違い無いことに行き当たる。
これは沖縄に住んだから直結することで
東京にいたころは、良くないとは思うけど、どうなんだろう、
というくらいの考えしかなかった。
原発の問題も同じようなものだった。
でも、戦争については心底嫌だと思っていた。
今は、原発も基地問題も戦争なんだ、とよくわかる。
東京にいると、目の前の景色はどんどん移り変わり
多くの人が先を先をと一生懸命目を凝らしている。
置いていかれる、という言葉をよく耳にした。
もはや戦後ではない、という言葉は、私が生まれるずっと以前に言われた言葉だったはず。
沖縄に来たら、日本は戦争に負けたんだ、ということがよくわかった。
そして敗戦後の占領が形を変えてずっと続いている。
ただそれだけのことだ。
だから治外法権が認められる。
基地は戦争の準備をするところだが
戦争が起こるから基地があるわけではない。
基地があるから戦争が起こる。
これは先日見た「誰も知らない基地のこと」という映画の冒頭の言葉。
この言葉はいろいろと使える。
「武器商人がいるから戦争が起こる」とかね。
つまり戦争は国家ぐるみの合法的な人命を賭けた商売だということだ。
原発は核燃料の倉庫で、核燃料は戦争の道具だ。
(今、核という文字が変換されなくてびっくりした。核爆弾とか核燃料と打たないと出てこない。以前はそんなことなかったけど。)
エリートのおじさんがきっと考えたんだろう。
日本が何とかして強くなるための苦肉の策を。
中国からの攻撃から、日本を、アメリカ軍が守ってくれるなんてことを
本気で信じている人がいるんだろうか。
基地の目的の中にそんなものはない。
彼らは決められた目的のために的確にものごとを遂行するよう訓練されたプロだ。
目的に反することはしない。
彼らは喜んで中国と戦争するかもしれないけれど
日本や日本人を守ったりはしない。
戦争に心から賛成、という人に反論はできない。
でももし、なにか理由をつけて、してもいいんじゃない、とか
しょうがないんじゃない、と、知ったような気がしてそう思っている人がいたら
本当のことを少し一生懸命知ろうとしてもいいんじゃないかと思う。
もし、知らないほうが楽だから、と思っているのなら、そんなことはないと伝えたい。
どんなときも、真実はあなたに優しいから。
真実を知ることは、それ以上疑心暗鬼に脅かされる地獄からあなたを救う。
私たちは何者からも侵略や支配される必要は無い。
戦争に負けたから仕方ないんだ、というところまで思考が届けば
じゃあその戦争ってなに?という考えに至る。
戦争は世界と世界に生きる人の意識の暗闇に付け込んだ商売。
そうだと気づけば目覚めは始まる。
私たちは目覚め始めている。
真実と、真実である自己存在について。

早くにおとなになったこども

みなさんこんにちは。
沖縄は最高にお天気に恵まれたすばらしいゴールデンウィークでした。
そしてスーパームーンに多くの人が心の深い部分から天へ、
平和の祈りを捧げられたこと、しっかりと届けられたように感じました。
意識はこうしている間にも気づき続け開き続けています。
私の子供でもおかしくない世代の方が
セッションにいらしてくれる時代になりましたと先日も書きましたが、
彼らに触れるたびに意識の進化について実感させていただいています。
彼らは間違いなく、平和をもたらすために生まれてきた魂だと感じます。
とても進化しているので、本質的であればあるほど即座に理解してしまう方が多いのです。
時々尋ねられます。
「どんな人が受けにくるの?」
病気の人、苦しんでいる人、悩んでいる人、確かにいろいろな方がみえます。
でも私に言わせれば、きわめて正常な心を持っている人、敏感で正直で、向上心のある人、
感受性の強い人、頭がいい人、などが多いと感じられます。
まじめで優しい方も多いです。
多くの人は社会における規範を人間のスタンダードなラインと考えます。
それに外れてしまうことは、能力が足りないか、異常か、病気と考えられています。
でも、本当は、社会の規範は時代やある側に立つ人々にとって都合のいいように
人間が決めたものです。
それにはまらないからと言って、
無能か異常か病気のどれかというレッテルを貼られなければいけないわけではありません。
では、真実はどこにあるのか。
人間とはなんなのか。
私自身はそのようなところから、意識の探求を始めました。
「こんなこと、みんなわかりますか?!知りたいと思うんでしょうか?!」
とセッションの時おっしゃった方がいます。
私たちが現実だと思っていることと実際が余りに違っている、という気づきに
心地いい衝撃を受けながらおっしゃった言葉だと感じました。
私のお返事は「はい。私はそう思います。人間はより真実を知りたいからです」でした。
真実というのは一瞬は衝撃的であっても、本当は人に優しいのです。
それは愛という源泉からやってくるものだからです。
アダルトチルドレンをご存知の方は多いと思います。
ヒプノセラピーがこの、アダルトチャイルドの状態に対して
非常に有効なセラピーだということをご存知の方も多いでしょう。
先日は、そのことをご自身で突き止めて、セラピーに臨んでくださった方がみえました。
なんて聡明なんだろうと感銘を受けます。
アダルトチャイルドのことを「大人になりきれない大人」という風に理解している人が
なにか意見している記事を読んだことがあります。
でもそれは違います。
アダルトチャイルドは、早くに大人になりすぎた子供を指します。
なんらかの形で機能不全家族に育って、
不在である父親や母親の精神的な役割を、子供が肩代わりしたために起こります。
子供は生まれながらに無条件に父母を愛するのですが
その愛ゆえに
子供は子供らしく愛情を受け取る時期と立場をはしょって
与えたり役割を背負うことを知らず知らずに買って出るのです。
大人になってみて、与えたい愛を自分は充分に持っていないことに気づきます。
過去に自分が親から充分に受け取りそこなったことに気づきます。
自分の恋愛や人間関係がうまく行かずに、手遅れかと周囲を恨む気持ちさえわいてきます。
でも、それは、自分で取り戻すことができるのです。
そのボタンの掛け違いは、間違いなく
自らが選んで生まれてきた、かけがえのない両親への愛から出発しているからです。
一人の力では難しいことでも、手伝ってもらってそれをすることは
真実を知ることにかけては大きなギフトとなります。
私はそれを人生を通して見つけたと思っています。
方法はちゃんと準備されている。
それはあなたの魂のため。
深遠な意識の世界の冒険と探求のためです。
苦しいが「おもしろ~い!」に変わるのです。

さらに深く、トンネルを掘ると

今朝目が覚めると同時にいきなりワークが始まりました。
「わたしがいるじゃない!」という言葉がぱっと浮かびます。
スピリチュアルなみなさんにはもうおわかりだと思いますが
この言葉は、私自身のための言葉です。
言った私が忘れていたにもかかわらず、
Yちゃんは幼稚園のときにこの言葉を私から受け取り
その後40年間(幼稚園からなので、さらに時間が遡りました)も大事に預かってくれ
そして忘れることなく完璧なタイミングで私に投げ返してくれました。
小さいオミはこの言葉の完全な意味を自分で学び
本当の意味でそれを言える人になれるように人生のねじを巻いたのです。
(エゴではなく、愛で言える自分になるために)
その言葉は忘れていても、私はそういう人生を選んで
あたかも体験させられるかのように体験してきました。
Yちゃんがいつも泣いているのを見て
Yちゃんの気持ちをわかりたいととても強く思ったのを覚えています。
そして自分がYちゃんのような気持ちだったとしたら
私は誰かになんて言われたいだろう、と考えた末に
きっとあの言葉が出たのだろうと思います。
そうなのです。
これがワークです。
あの言葉は、私がもっとも求めていた言葉でもあるはずです。
人はあの人のために、良かれと思って、と考えていますが
本当は自分が喜ぶためにそれをしています。
だから、それをできただけで万々歳なのです。
でも真実を隠す壁が心を隔てているうちはそのことに気づかずに
その結果が返ってくることを期待しています。
喜んでもらえるか、とか、評価されるかどうか、とかです。
喜んでもらえるのは嬉しいことですが
それはそれを自分が望んでいるからに他なりません。
でも結果というのはそういうものではありません。
投げると同時に本当はもう受け取っています。
自己を愛することで自己が満たされるのだという真実を知るまでは
人は誰かに、なにかに満たされようとしてしれを探し求め続けます。
でも、自分は自己によって満たされます。
自分と内なる(神である)自己によって。
さて、ワークの話。
私は「わたしがいるじゃない!」という言葉を自分に贈ってみました。
そうだったのか。
私にとっての「存在理由」や「愛の表現」と言えるものがこれだったんだ、とわかりました。
これまで生きてきて、その言葉を誰かに言われたことがあったけ?と考えたところで
はぁっ!としました。
それを私に言った人が一人いたことを思い出したのです。
9年前、つきあい始めて間もなかったころの私の主人です。
高円寺の商店街を二人で歩きながらふと
「ここ(地上)に私の居場所あるのかなぁって、思う。」と言うと
「なにいってんの!おれがいるじゃない!おこるよ!」と
若干ムキになって言ったのが彼です。
まったくもって期待していた言葉ではなかったはずなのに、
なぜか、そうだったのか、という風に納得して信じられちゃったのが不思議でした。
彼としてはその言葉の重みなんて全然わかっちゃいなかったと思うのですが。
私たちはあれこれと心配し、いろいろなことを考えて理由を見つけようとします。
でも、ほとんどのことは見当が外れています。
それでいて、本当に大切なことはちゃんと体験していて
本当に人生に必要な鍵はちゃんと持っているんだと改めて思います。
だから、人生を開くには起こっていることを受け入れることが大事なんですね。
無いものや別のなにかではなく、自分にちゃんと与えられているものを。
鍵を握り締めすぎて持っているのも忘れて探し回るのが人生のようなものです。
でも、生きているうちにこのからくりに気づいて
目の前の扉を喜んで開き、受け入れ味わい向き合うことができたら、
しあわせですよね。
そういう世界が、アセンションした世界だと私は思うのです。

この世で最もシュールでリアルな夢・その後

さて、今回起こったファイル6-4の件について少し総括しておこうかと思います。
今回ほどわかりやすくしかも感動的に
意識と魂の仕組みをほらね、と紐解いてくれる実演はそうないので
書かなくちゃ、という気になります。
それにしても手が込んでいます。
みんなに会う前の記事で、みんなひとつで繋がっていたんだ、と書きました。
そのことは、たとえ話でもおとぎ話でも希望的観測としてでもなく
集まったみんなの胸に切々と響いていたのではないかと思います。
何人かの口から「記憶が連鎖的にどんどん出てくる」
「脳の引き出しがどんどん開かれて記憶があふれてくる」
「こんなに感情を出したのは6年生以来」という言葉が出ました。
それから「先生の最初のあいさつをきっかけに鳥肌状態になり、
完全に小学校6年の感覚を思い出すことができた」と表現していた人もいました。
これって、あれです。
潜在意識のふた、あるいは膜と言われるクリティカルファクターが開いた状態そのもの。
それで、みんな半トランス状態で次から次に記憶を思い出していきました。
そこに感情や感覚、感動がともなっていて
ものすごい興奮状態でした。
先生も、翌朝も目が覚めて涙が止まらないと言っていました。
私も何度も思い出し泣きしています。
これって、心のセラピー的な観点から言うと恐るべき浄化作用と、
セルフ・エンパワメント(自分への権限を与えること)に繋がります。
このこと自体もすごいのですが、
何と言っても私がすごいと思ったのは
魂の記憶には「愛」しか残らない、という説を確信したことです。
この世は私の意識の投影ですので、私と神しかいません。
みんなは時に私の潜在意識のエゴの記憶を映して見せてくれたり
付き合って遊んでくれたりします。
それから宿題の中でも一人でやらなくてはならないところ、
また家族と一緒に取り組まなくてはならないところがあります。
私がそこに取り組んでいたとき、彼らの姿は私からは見えなくなりました。
でも宿題のおっきなテーマがなんとか片付いてきたら
そのおっきな教材が消えてその向こうにみんなの笑顔が見えました。
途中で「あれ、なんかわかりあえない」とか
「これは手伝ってくれないんだ」とか
そんな時期があったことなど、本当に幻のまた幻です。
それで、みんなが「やあ、オミ、とうとうそのトンネル掘りきったんだね、ばんざい」と
大きく手を広げて待っていました。
私は「あれ?一人で掘ってたと思ってたけど、違ったんだ」と気づきます。
本当はみんなあちこちでもっと大きな迷路を作ったり
途中でちょっとだけ交わったり、落とし穴を掘ってみたり
お化け屋敷やお花畑を作ったりして自分のエリアでがんばっていました。
それで私が一人で掘ったと思ってやっと出てきたトンネルを振り返ると
一人では到底できっこないような壮大なテーマパークがあらかた全貌を見せています。
「みんなでやったんだよ」と誰かが言います。
それを見たとたん、途中の苦労や孤独は吹っ飛んでしまいました。
なんだ、これをみんなでやってたんだ、ということのほうが真実だということが
一目瞭然だったからです。
そして、その時に胸に残っているのは
みんなのことが愛おしくて仕方ない、という、愛の記憶ばかりでした。
数多くの魂の転生の中で
私たちは潜在意識に多くの記憶を刻みます。
その多くはエゴによる思い込みの想念となって
私たちに制限という枠組みを作ります。
でもその枠組みを今度は丁寧にはずしていくと
私たちは自己の魂に触れ、その記憶に触れることができます。
魂が記憶するのは愛だけ。
潜在意識をお掃除して、魂の記憶を思い出すことができれば
私たちは神に抱かれこの世で魂の仲間と戯れている
小さき神の子だという実感がわくでしょう。
私がこの肉体を離れ、魂のふるさとに戻るときに
何を持って帰るのかがはっきりとわかってきました。
そのときがくるまで、私は一生懸命トンネルを掘り続けようと思います。
でももう、二度と一人ぼっちだと思うことはないでしょう。
この壁の反対側で今日も一緒に掘っている仲間の存在を感じながら
楽しんでそれをすることができます。
この世に一人ぼっちで恐ろしい暗闇の中を手探りで掘っていると思っている人、
またあまりのこわさに堀る手が固まって動けない人に
そうではない、本当のことを、私は伝えたいと思います。
私がいるじゃない!って、この世にいる限り言い続けたいと思うのです。

続・この世で最もシュールでリアルな夢

以前に書きました、狛江6小6年4組の謝恩会が実現し、東京へ行ってきました。
以前の日記「この世で最もシュールでリアルな夢」
全員見つかる、という奇跡は起こりませんでしたが
それに勝るとも劣らないミラクルと最上級のギフトを、てんこ盛りでいただきました。
まず、夜な夜な夢で会っていた二人の親友に32年ぶりに再会することができました。
これが奇跡その一。
担任の岩ちゃんは、33年を経て、全然変わっていませんでした。
そんなばかな。
私たち11歳、岩ちゃん26歳で出会ったわけで
今は私たち45歳、岩ちゃん60歳なわけで。
それが奇跡その二。
でも今日は、私の中の小さな私、当時のオミ(私の小学校から大学までのニックネーム。)に
最大級の感謝とねぎらいを込めて彼女への思いを書くことにします。
私はオミのことをなんとなくいい子だとは思っていたけど
そこまですごいやつだとは思ってなかったよ。
思えば高校生になったころから
どうしても自分が自分の思うように動けなくなってきて
自分のことに精一杯になって
こんなはずじゃない、こんなはずじゃない、と思いながら
その後長い年月を過ごした。
その間に私はこころのどこかで、
あのころのオミに対して恥ずかしいという気持ちを持っていたよ。
だってあの時のオミって、どこまで輝いてたんだろう。
本当に自分がいいと思うことは、どんなことだってできたじゃない。
毎日が本当に全力全開で、感じたことをすべて受け入れて
幸せなこと、楽しいこと、みんなが喜ぶことが大好きだった。
でもその後の、思うように行かない人生が長くて長くて
その間に段々と、あの時のことは一時的に起こった人生の儚い炎の燃焼だったんだ、
くらいに捉えることにして、
何とか自分をこれ以上嫌にならないよう
人生を心底嫌いにならないようにがんばっていたんだ。
それからいろんな思いをどんどん手放して
心をいつも空にして
人生がまた、明るく清らかになってきた今
突然にあの時の仲間に会えるっていうご褒美がやって来てとっても嬉しかったけど、
それ以上に、想像どころじゃないくらいに
あのあとそっと閉じておいた扉をどんどん開けてもらえたんだ。
そうしたら、オミがいたよ。
私が気づけないくらい、たくさんの宝物を私はもらっていたんだね。
岩ちゃんがなにを言い出すのかと思ったら
「ぼくは長い教師生活の中で、オミみたいな子には二度と出会わなかったね。
彼女が6年の前期に児童会の会長をしていたとき、・・(みんなに)してたのね。
その時、朝礼でしゃべるんだ。
普通の子はね、会議で決まったことを紙に書いて読むでしょ。
あの子はね、みんなの前に立って、ねえ、みんな、聞いてぇ!って話かけるんだよ。」
その言葉を聞いたとき、耳を疑うというか、現実が遠ざかるというか
なんだかいろんな記憶の壁が崩れ落ちるような気がした。
そうだったんだよ。
岩ちゃん覚えてたんだ。
放課後に岩ちゃんと、クラスのみんなが幸せになるために、
しょっちゅう話し合っていたこと。
「だって、みんなかわいくてしょうがなかったんだもん。」って
岩ちゃんの言葉を聞いたとき、それだったんだ、ってわかった。
なにものにも代えがたい、この宝物の正体。
「私はね、岩ちゃんに愛を教えてもらったと思ってるの。」と言うと
岩ちゃんは、あははは、ってずっこけて笑ったけど
その時に両隣にいた男の子2人が、「そうだよ」って言ってくれた。
「あの時はそれが愛だとはわからなかったけど、
大人になって、子供が生まれて、育てていたら、わかったんだよね。
あれが、そうだったんだって。」
45歳と46歳になった男の子と女の子が
やかましすぎるほどに大声をあげて笑って泣いた。
小さいオミは先生とこの子たちのことが本当に本当に大好きだったんだね。
今わかる。
この子たちの底知れない優しさ。
みんなそこにいない子の分まで、たくさん思い出そうとしていた。
そこにいない、私たちを育ててくれたお父さんお母さんのことも
みんなで口にした。
誰かのうちで食べさせてもらったプリン、たこ焼き、クッキーのこと。
作ってくれたかーちゃんの名前。
感謝合戦みたいにみんなが口にする。叫ぶように。
できるだけみんなに届くように。
「本当にすごい子たちが集まってくれたから。」と岩ちゃんが言った。
男の子も「本当にすごかったよ。」と言った。
そうだったのか。
幻じゃなかったんだ。
トトロのさつきちゃんとめいちゃんの気分。
「ゆめだけど♪ ゆめじゃなかった♪ ゆめだけど♪ ゆめじゃなかった♪」
帰りの電車でも最後の一人になるまでしゃべり続けた。
でも時間は全然足りなかった。
ひとりの女の子が「ねえ、これ、奇跡だよね?絶対に、こんなの奇跡だよね?」と言った。
その子から次の日に届いたみんなへのメールは
「私の人生で結婚と出産に並ぶほどの感動でした。」だった。
何人かの女の子が、オミ、あのときありがとうって言ってくれたね。
幼稚園のときオミが言った言葉だって。
その子がいっつも幼稚園で泣いているのをとっても不思議で、
どんな気持ちなんだろうってたくさん考えたの覚えてる。
オミは「どうして泣いてるの?わたしがいるじゃない!」って言ったんだって。
あの時は幼稚園がこわくてしょうがなかったんだけど、でも、うれしかったんだ、って。
その子は4組になったときはうそみたいに笑顔で元気だったよね。
今ではスクールカウンセラーになってるって、なんだかものすごく嬉しかった。
きっとたくさん乗り越えて、全部栄養にするくらい
がんばって生きていてくれたんだと思うから。
それにしても、シモとサミに会えたね。
まるで村上春樹の小説で、月が二つある世界から戻ってきたみたいな気分だよ。
なんだか胸がいっぱいすぎて二人とも全然話せなかったけど
二人に本当にたくさんの宝物をもらっていたことのお礼を
これからちゃんと言わないとね。
本当に、こんなにも大好きな友達でいてくれて
ちゃんと元気でいてくれて
すてきでしあわせでいてくれて
なんて言っていいかわからないくらいだよ。
ありがとう。大好き。
みんなありがとう。大好き。
みんなのことがかわいくてしかたありませんでした。
大好きでしかたありませんでした。
みんながあまりにやさしくてすてきでした。
おもしろくてゆかいすぎて、かっこよすぎでした。
会ってみたら輪をかけてそうでした。
岩ちゃんとみんなで仕掛けたタイムカプセルは
土に埋めるよりもすごかった。
時空に仕掛けられてみんなの魂で開けました。
みんなほんとにすごいな。やったね。またやろうね。