いのちというすべての人への贈り物

みなさんこんばんは。AZU WORLDをご訪問いただきありがとうございます。

今日も書きます。いのちのこと。

今回の選挙で自民党が圧勝したことによって、日本の運命は大きくある方向へ舵が取られました。それは憲法の改定です。それで、この中身をよく調べてみると、それはどうしても「戦争をする国になる」ように変えられるということがわかってしまいます。まず多くの方はここがピンと来ないところかもしれません。「そんなことあるわけないじゃん」と思われるようなのです。

しかし戦争前夜を体験した多くの人が、まさに今のこの空気がそれと酷似していると言います。そして安倍総理のなさっていることを見るとその指差す先にあるのはまさにそれだとわかります。彼は前回衆議院選挙で政権をとった直後のインタビューで真っ先に改憲について口にしていたのを私は見ました。テレビがないのでテレビの放送をネットで見ました。96条をまずは変えてそれから9条を問うと。彼は興奮していました。それは嬉しいでしょう。その興奮から真っ先に出た言葉が、改憲でした。彼は本気だと思います。知るのもこわいしめんどうかもしれないですが、ここだけは避けて通ることができません。もし、改憲が通り、基本的人権を私達が奪われ、戦争をする国に日本がなったとき、犠牲になるのは多くの市民です。子どもたちももちろんそうなります。また徴兵制がしかれればこの国に生まれた魂は平和ではなく軍事国家の民となるのです。誰もが人を殺める訓練を強いられるようになります。ご存じない方も多いかもしれませんが、自民党の石破さんは国防軍についてBSの番組で「命令に従わないものは死刑か懲役300年」にするなどと発言しています。フェイスブックやツイッターなどのメディアを頻繁に利用すると、それらの情報は簡単に入ってくると思います。

私はこの参議院選挙のあと、3度嗚咽しました。こんな泣き方をしたのは何年ぶりのことかわかりません。最近はほどんどが感動泣きかもらい泣きばかりで、自分のことで泣いたことはありません。しかもこの世の終わりのような嗚咽でした。

その3度というのがどれも、虐げられる人の痛みを話していて、突然襲ってきた悲しみのためでした。自分でも驚きましたが、3度とも寸分の狂いなくそのことを話していると始まりました。私は戦争というものにうんざりしています。まるで自分が何万回も体験してきたようにうんざりしています。また、民衆がうまく騙され乗せられて間違った方向へ進むことにもうんざりしています。そして、生活するのに不自由している人がいながら私腹を肥やすことに血眼になるその人間の心にもうんざりしています。自分ももちろん社会的には弱者です。家族に病気の者もいますし、心配とその悲しみはいつも背負っています。過去には私もひもじい思いばかりしました。なにより心細く生きた心地がしない時期が長かった。でも、誰にもそんな思いしてほしくないと強く思います。私は地球のすべての人が生まれてきてよかった、と生きている間に実感してほしいと思う。そしてそのことは、絶対に可能だと思っています。今生きている人それぞれがただ自己と向き合うことで可能になります。簡単ではないが不可能ではありません。

私は自由を切望します。誰の自由も奪いたくないし奪われたくありません。みんながそれぞれの道を自由に歩み、自由に助け合う世界を切望します。各々が完全な自分として自分を生きる世界を夢見ます。それは生命は等しく尊く平等であるという地表にみんなが立つことです。人権をなくした社会ではまずその地盤が失われます。

戦争は私たちから内面的な成長の機会を著しく奪うと思います。先に述べたように戦争を通して開花する文化や才能もあるかもしれません。ですが、失うものはあまりに大きく、癒しがたい傷を残し、なにより私たちの生命を争いの道具に貶めてしまいます。今現在も充分すぎるほどその証は地球上に刻まれています。沖縄に住むとわかるのはその痕跡の鮮明さです。

自分の生命の尊さに気づいた時、他の生命を殺めることは不可能です。戦争が外交の手段だなんてことは欺瞞だと私は言いたい。それは誇大妄想に取り憑かれ増長した小さなエゴの願望に過ぎません。

人間の心というものはみな同じです。本当に自分の尊さを知りたいと思う人はそれに出会うことができます。しかし他者にそれを示したいと願望した途端、それは私欲に変わってしまいます。

私は多数の人に影響を与える人間ではありません。ですが、自己の奥へと人間を掘り下げていくとその意識はすべての人とつながり一つであることを知っています。私が私を掘り、誰かが自分を掘るようになると、世界からは分断の壁が取り除かれ理解や受容というかたちの愛が広がっていきます。

こうした美しい世界を構築するすべての人に、共に世界を守ることを私はここに呼びかけたいと思います。私たち人類が多くの犠牲と前進から構築し、すでに保持することに成功している平和憲法とその価値を今一度再確認し、もう一度意識的に我が物としてください。もう一度、自己の尊さと世界の平和を再構築しましょう。

今日はこちらを紹介します。

とてもわかりやすいちゃんと知らなきゃ大変だ (豊橋いのちと未来を守る会より)

スタジオ・ジブリの小冊子『熱風』7月号 テーマ「改憲」 です。

改憲を具体的に掴むことができると思います。ジブリの熱風は、特に最後の高畑勲監督のコラムをオススメします。これは本当に今がわかる。わかりやすく優しい文章です。

今日もおつきあいいただきありがとうございました。

今どうしても伝えたいこと

みなさんこんばんは。いつもAZU WORLDへご訪問いただきありがとうございます。

今日私は日本国憲法の全文をプリントアウトして、生まれて初めてすべて読んでみました。

どうしてこんなに美しく人間を讃えた憲法にもっと早く触れなかったのか不思議でした。でも、今日しっかりと出会いましたよ。

そして驚いたことに、憲法の言葉に感動して涙まで流しました。今日はその一文だけご紹介します。まず一度目を閉じて、深呼吸して心を鎮めてから読んでみてください。

 

第10章 最高法規  第97条

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、

人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、

これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、

侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

 

いかがでしょう。私はどうして泣いたりなんかしたんでしょう。今言葉がついてきたのですが、私は、私の魂はこの言葉を長いこと知っていたような気がします。そしてもっとずっと長いこと待ち望んでいたような気がします。まあその通りそのものずばり書いてあるのですが。

これはまるで、魂の悠久の転生の歴史とその努力に報いる大いなるものからのねぎらいのようにも取れます。

私は数多くの過去世回帰のワークを行なってきています。きっと多くの人がこの体験をしたり知ったりしたら、世界のパラダイムは変わってしまうことでしょう。例えば過去に転生した魂の多くが戦争を体験しています。今地球に来ている人のほとんどは過去の転生では戦争を体験して、殺したり殺されたりしているでしょう。転生を信じなくてもいいのです。それでもあなたの潜在意識の記憶もしくは集合意識から容易に取り出せる記憶として、その体験の五感の記憶は刷り込まれています。

中には大義を掲げたリーダー的な人が出てくることもありますが、多くは下っ端の兵士で、戦争の描写はみんな似通っています。この似通った感じは、多くのセッションを行ったセラピストにしかわからないと思います。それは「気がついたら兵士になっていて、気がついたら戦場にいて、気がついたら死んでいた。」そして「仕方がなかった。逆らえなかった。当時は選ぶという考えすら思いもよらなかった。いいかわるいかも、なにも考えなかった。ただ、なりゆきだった。」

ですから悔いすらないのです。悔いがないということは新たな目標や悔い改めるという考えも出てこない。痛みも苦しみも葛藤もありません。ただ、もや~~~とした、靄のかかったままの心が浮かんでいるような感じです。

こういった過去世の想念の影響は多くの人が無意識に受けている可能性があると推測できます。私の仕事はこのような「想念の影響を浄化する」お手伝いをすることです。この過去世の想念の浄化は時に絶大な効果、成果をもたらすことがあります。

多くの人が自己の価値、また自己の内面の仕組み、動き、今どうなっているのか、また内面でなにをしているのか、ということに気づいていません。ほとんど無意識の中で反射的に何かを感じ、それを元に何かを思い、考え、結論を出して何かを選んでいます。先に述べた兵士は成り行きにただ流され、自己の本質などに気づくはずもないまま権力、要はちからの強いものに道具のように使われ捨てられそれに疑問を持つ間もなく死んでいきます。でも魂はそのような体験からも言葉にならない何かに、高度な人の心に、もっと複雑な動きに、愛に、薄皮を剥ぐように少しずつ肉薄していきます。

その薄皮を一枚剥ぐことに一生をかけて、または幾世もの時をかけて、人が学び確固としてこの世に立ち上げたものが、この憲法97条に言葉として明言されていると、私は感じました。私の涙はそういうところからやってきました。

この記憶はどんな人の中にもあるものです。どんな人も野心と欲得にまみれた現世の利益への願望を少し離れて心を鎮めれば、魂が希求するものを知り、実感することができるようになるでしょう。

今日最後に申し述べたいこと。私が求めているのは皆が同じ意見を持つようになることでも、対極と戦うことでもありません。愛から来る願いに対極はありません。愛は常に中道、中庸でありすべてでありひとつです。私はそれが具現化する世界を求めています。それが平和です。

平和の世を創るには、まず基本的人権の尊重、つまりすべてのいのちが尊く平等である、という地上に互いとすべての人が立つことが条件となります。現在自民党が掲げている憲法改定の法案はこの平和の構築即ち愛に逆行する行為だと考えます。もし改定されれば、この97条も当然果たせなくなるでしょう。一部を変えるだけでは済まなくなります。それは背後にある戦争への野心にまっすぐに向かっています。

いろんな意見があっていい、個の幸せを優先していい、というのはこの人権の尊重、平等の精神の地盤の上にしか存在し得ない見解なのです。誰かが誰かの道具になっていい、誰かが騙されて誰かの利益の踏み台になっていい、というのが戦争国家の在り方です。

私が何よりも危惧するのは、心の準備なしに国民が政府や報道の表面的な情報を受け取ってしまうことです。彼らは巧妙に考えぬかれたやり方で皆さんにアピールしてくることでしょう。そして国民投票となった時、その投票の制度そのものにも抜け穴がいくらでもあるということを知ってほしいのです。皆さんの意志がきちんと正しく反映される可能性はあまり高くないと考えられます。これは少し知りたいと思いさえすれば誰にでも簡単にわかることです。

どうか一人でも多くの心と魂とにこの真実が届けられることを願います。

本当の自分のみつけかた

みなさんこんばんは。

先日行われた選挙では、みなさんの温かいメッセージを多数いただき、本当にありがとうございました。

私は普段出来る限り自分の波動に正直に生きるようにしているので、私が引き寄せるのは自分と似た波長の方ばかり。私のエネルギーをキャッチし理解してくださる方々に囲まれて暮らしているので地上は楽園に近いです。平安なのでいつでも瞑想にすっと入ることができ、内なる神や高次元の愛と呼ばれる意識にもすぐにつながることができ、感謝と優しさと思いやりと人間という生き物の複雑で精妙で美しい仕組みを肌で感じ、心で感じ、そしてみなさんにもその内なる世界を知り、体験し、理解し、愛せるようになるお手伝いをして暮らしています。本当にどこまでも広がり希望があり可能性と冒険に満ちた世界です。

もちろんこれは徐々に私の中で築かれていった世界です。とてもキメの細かい内面のお掃除にコツコツ取り組んでいる結果です。最初から今のような状態が想像できたわけでもありませんし、目指したわけでもありません。ただ、気になることをお掃除していったらあるとき部屋の全貌が見えて、そうなるとお掃除どころが更に明確になり加速していったという感じです。

ですが、311のあと、政治、国家や社会というものを探求するようになりました。なぜかといえば、そこに見えないおかしな壁を感じとったからです。

内面をクリアにするほど、その壁と影はくっきりと、なおかつ歪んでいるのがわかりました。それはねじれていました。つまり、実態と、認識の間にいくつかのファクターが挟まっていて、それは意図的に歪んだ像を結ぶべく操作されていました。

それは不自然で、嘘がたくさん含まれていました。その嘘が混乱を起こさせているのは明らかでした。その嘘という壁がとても気になりましたし、これは引っ掛け問題だったと思いました。

スピリチュアルを愛する皆さんの間によくある誤解ですが、内面を綺麗にしたら世界も綺麗になるというもの。ですがこれはどちらかと言えば内面をクリアにしたら世界もクリアになる、が正解に近いと思います。つまりあるがままがくっきりと見えるという感じです。混乱や痛みも、ぼんやりしたなんかモヤーとしたものではなく、散らかったお部屋の中には何と何があって、その中に重要なものやついでに置いてある物もある。そしてそれを識別することができいらないものは楽に手放し重要なものにはじっくり向き合うというような対処ができるという感じです。モヤーに騙されなくなるのです。モヤーに圧倒されたり、挫かれたり折られたりせずに、はっきり見ることができます。そしてそれさえ出来れば、恐れずにそれを「感じる」ことができます。

私が皆さんと向き合ってご一緒にやっているのはこの作業です。識別、整頓ができても確信が持てない、あるいは「感じる」ことはそれ自体が恐いと思っている人も大勢います。

この壁にぶつかる多くの方は「共感能力」の高い方です。繊細で傷つきます。ですから、そういう人に限って「できるだけ感じないように」普段からとても用心して生きています。子ども時代にいったん閉じる人も多いのです。そして成長の過程でいちいち開いていければ良いのですが、閉じることで身を守ってその方法に則って生きてきたため、開くタイミングがわからなかったり、あるいは閉じたことを忘れてしまっています。これがインナーチャイルドのブロックと呼ばれるものです。

このブロックは取り除けばいいというものではありません。取り除かないと感じることができないので多くの方が思考をフル回転しながら生きています。思考は時系列でしかものごとを捉えることができないので、このように思考に頼ると常に先の心配、過去の後悔、未来の不安とそれに対する対処、過去の総括、反省に追われ、人生をこれに費やしてしますのです。

そうすると、ワクワクすることをしなさい、と言われても感じられない。好きなことをして生きなさいと言われてもわからない。やろうとすると頭で考えて計画を立てたり遠い未来にゴールを掲げて、ここにたどり着くまでしあわせにはなれないと信じてしまったりします。

申し上げておきたいのは、ワクワクすることをするのが人生の目的ではありません。好きなことをして生活することが成功ではありません。

人は幸せになるべく生きると真理がわかります。真理というのはそれぞれの魂が惹きつけられる光です。そちらへ向けて生きるようになると人は愛を体験します。

私はどの道を通っても愛を生きることができます。でもそれは魂を乗せて運んでくれる肉体があって体験できることです。この肉体なしにそれを色々なレベルで実感できません。ですから私たちはすべてのいのちを尊ぶ必要があります。肉体は等しくその内側に神を宿し魂を運び、魂はより高次の目的を見つけてその道を歩みながら成長します。まずは人は等しく尊いという、人権というものを人間が見つけることができこれを社会に反映することができたのが、人類の叡智の顕現です。

今日本は人類がその血みどろの動物的な歴史から学び得た叡智を闇に隠そうという動きの中にあります。これは人間として大きな後退であり、多くの犠牲を伴う動きです。これまで磨き上げ丁寧に愛という光を織り込んできた人間の心を破壊してしまうでしょう。

ですから私は内面に向きあうとともに、この外側で起こっている動きを皆さんの内面に問いかけていきたいのです。

私はまだ多くの人が幸せではないのだと感じています。もし幸せでしたら、このような後退は誰も望まないのです。誰も磨きあげた美しい庭園を荒らしてほしくありません。大切な人を乱雑に扱いたくはありません。幸せでない心は混乱し、ものごとを順序立てて理解することができません。違う次元のもの同志を見比べて判断してしまうよなことが起こります。そして破壊的な思考になります。

私は人間の探求を続け、解けない混乱は存在しないということを発見しました。私達はすべて元々ひとつの光です。そのことを思い出すには、あなたの心を稼働させてください。心で感じ、あるがままを見て、それを受け入れます。そうしていると壁はどんどん溶かされ思い込みで作られた枠は解体され、やがては本当の自由と内なるパワーと可能性を感じられるようになります。

ご自身へ問いかけてください。私が気づくべきことはなに?私に付けられている目隠しはどれ?私が恐れて避けているものはなに?その奥にある心の声はなんて言っているの?と。

難しい時は私をお使いください。お手伝いします。そして慣れれば自分でできるようになるどころか、いつの間にか自分を、その隅々まで、また人生を、家族を、運命を、愛している自分に気づけるはずです。

祈りと尊さを知るスピリットのみなさん

祈りと尊さを知るスピリットが躍動しています。スピリットは過去というデータの集積による予測をしません。なぜならそれは3次元式の足し算引き算にすぎないからです。真実というものは普遍であり無限です。真実に触れた時、その躍動は無限に向かって前進するしかなくなるのです。

こんばんは。政治という愛の具現化のお話は続きます。

前々回に書いた「詩」に登場していただいたおばあのことです。主人の往診先の、沖縄のおばあ。戦争を体験しています。選挙の話を主人がすると、「選挙では何も変わらん」と言ってたおばあのことです。以下引用します。

普段穏やかで優しいおばあの癒されない痛みと怒り。あの、戦争の痛みは、体験しないとわからない。だから体験してみればいい、という。その悲しみを、私たちは愛でわからなきゃいけない。だって、それが人間だから。みんながどん底をわかるためにどん底を作り続けるやり方はもう終えよう。私たちのそれが使命。

「あんたは得するのか」「いいえ、みんなが幸せになってほしいだけ。生意気言ってすみません」「いや、そういうことじゃない」・・・

今日はその日以来の往診の日でした。気にかかっていたので尋ねると、施術のあとご近所の人と一緒に選挙に出かけて行ったそう。絶対に行かないと言ってたけど、戦争止めるために、動いてくれた。きっといろんな思いを感じ、思い出し、乗り越えて決めてくれたんだと思う。私にも遊びにおいでと言ってくれたおばあ。本当にありがとう。とても言葉では言えません。

主人の患者さんもブログを読んで三宅洋平くんを調べてくれて、教えてくれてありがとうと言ってくださり、日曜日(選挙に)行ってきますと笑顔で伝えてくださいました。本当に愛というエネルギーは壁を超えて人々の魂に届くのですね。そして魂に触れるとそれが希望となります。

一方で、選挙に全く関心のない方が多いという情報も目にします。まったく無理もない話だと思うのですが、今回だけは、知らなかったではすまないような大きなリスクとチャンスが含まれる選挙です。もし身近に知らない方がいらしたら、今回自民(公明・みんな・維新)に入れてしまうと大変なことになるということを教えてあげてほしいのです。そしてできたら、愛と平和の使者、代弁者である三宅洋平を全国比例区から国政に送り出すよう助けてください。日本全国どこからでも個人名で投票できます。

変化はもう始まっています。これまで通じなかったと思える祈りもこれからは違います。どうぞ存分に神に話しかけ、全力で助けと導きを願いましょう。

車の中でこれらの奇跡の数々について主人と話しているうちに主人が「気になってたんだけどさ、どうして今回ネット選挙が解禁になったんだろう」と言いました。私も今朝同じ事を考えていました。今回ネット選挙が解禁にならなければ三宅洋平くんにおそらく勝機はなかったし平和の革命の波動はここまで深く広く大きくは成らなかったと思えます。自民党に有利とは思えません。

「きっと安倍さんはネット選挙が自分にもっと有利だと思ってたんじゃないかな。」言われてみたらそうです。彼はネットを利用し前回衆議院選でもネトウヨと呼ばれる人を煽って選挙を盛り上げていました。

「そうか、三宅洋平は誤算だったんだ」山本太郎だけでなく三宅洋平が出たことでネットは彼らの独壇場となりました。「でもそうだとすると、彼らを守らないと危ないね。」

私は7月4日、公示日初日に彼の「唄う選挙演説」の映像を見て魂が打たれました。あらゆる面ですごかったし、無数のメッセージをそこから受け取ることができました。でもとても強く感じたのは「彼は絶対に彼の平和と愛に対する信念を曲げない。そのために殺されたとしても」ということでした。それはとてもリアルにまっすぐに私の意識に響きました。それで涙が出ました。その時彼はそのことを言葉で言っていませんでしたが。でもその後、彼はこう言いました。

「防弾チョッキ来て演説している山本太郎を見ていたら、こんなに本当のこと言って彼殺されちゃうんじゃないかと思った。そしたら俺も次(参議院選)出るって言っちゃってた。的は多いほうがいいと思ったんだよね」

やっぱり、と私は思いました。そういう覚悟が彼の全身から滲み出ているのを容易に感じることができました。彼の言葉が真実であること、一言一言の重さの中に思いの深さ、強さ、優しさ、葛藤と乗り越える力などあらゆるものが詰まっています。

どうか彼のパワーに当てられてみてください。古いものを手放し、希望へと歩き出す力になってくれると思います。

三宅洋平街頭トーク(大宮駅2013.7.18)【参議院選挙2013】

神の使者からすごい応援

今日のセッションのことです。「今日のテーマからお話ください」というと、「アズさんのブログ、選挙のことで、すごく伝わってきて、自分にはなにができるだろう、って考えたら、今日ここに来ることだ、って思って」

世間というものではご法度と言われる政治のお話。でも、私は選挙じゃなくて、意識と世界と愛とその具現化の話だと思っています。それは彼、三宅洋平くんの演説を聞いてくださればわかると思います。だから、私はまっすぐに彼のことを伝えたいし伝えられるし、こんなにも勇気とパワーが出るのだと思う。でも今日の応援には本当に恐れ入りました。私の発信をこんなにもストレートに受け取ってくださる方がいて、こんなにも直球で投げ返してくださる方がいるなんて。これが、神と私で創造した世界なんだ、と今日も実感させられました。その顕現をありがとう。世界は光に満ちています。どんなときでも。

この後押しを受けて今日も書きます。

「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」(自民党 憲法改正草案から削除されている 憲法前文)

まるで神の言葉のように真実であると感じます。まるで私たちの究極の目的みたいです。こんなことが保証されている国家の国民であるというのはなんと恵まれ守られていることだろう。これまで当たり前と思ってきたこの加護。間違いはあってもそれは修正されるべくして修正されるし私達には平和を求める権利があったのです。でも、それが削除されようとしています。その結論はあと数日ではっきりします。

でもこれを削除するってどういうことなんでしょうか。

「恐怖と欠乏から免れることはできず、平和のうちに生存する権利を剥奪される」

わざわざあるものを削除しようというのは、このよう変えるということでしょうか。このように変えるにはその後ろに目的と意図があります。それは想像に難くありません。

みなさん、想像してみてください。そして平和もたらす憲法をもう一度私たちの手に取り戻したいと思われるのであれば、参議院選挙へ行って、改憲に明確に反対する意志のある政党と人に投票しましょう。

今回の選挙はこれまで投票に行かなかった若きおとな達が立ち上がってくれています。分母が変わります。一人でも多くの、平和を守る意志のある人に議席を与えましょう。あなたがたった一票入れるだけでもこれまでと違う重さが出てきます。本当です。

私は全国比例区に立候補している、緑の党推薦の三宅洋平くんを応援しています。日本全国どこからも、個人名で投票できます。まだの方はこちらの映像をご覧ください。今日のこの演説は、一段とすばらしい。彼どんどん進化しています。私達もどんどん進化しましょう。

三宅洋平 選挙フェス@仙台ー7/17/2013

潜在意識というのはたとえばこういうものです

昨夜の渾身の思いでのfacebookへのつぶやきですが、大事なことですので再度ここへかかせていただきます。文体がいつもと違うのはつぶやきだから(笑)

♥♡♥♡♥以下つぶやき♥♡♥♡♥

毎日選挙のことでうちなーのおばあとチャランケしてくるうちのだんなさん。(※チャランケとは…参議院議員比例区候補、三宅洋平の映像もしくはこんなサイトをご参照ください。)

確かに平和のためにここまで来た。戦争を勉強するためにここに来た気がしている。

普段穏やかで優しいおばあの癒されない痛みと怒り。あの、戦争の痛みは、体験しないとわからない。だから体験してみればいい、という。その悲しみを、私たちは愛でわからなきゃいけない。だって、それが人間だから。みんながどん底をわかるためにどん底を作り続けるやり方はもう終えよう。私たちのそれが使命。

「あんたは得するのか」「いいえ、みんなが幸せになってほしいだけ。生意気言ってすみません」「いや、そういうことじゃない」・・・

いつもおこりんぼのおばあが「いい話をありがとうございます」と言って缶ジュースをいつもより余計にくれた。

戦争だけは止めたいと選挙に行きたいけど寝たきりのおばあ、車椅子のおじい。

みんな戦争を体験している。どん底の地獄を見てる。そのことを簡単に、戦争はなくならない、なんて言わないで。なくそう。やめよう。やめると決めよう。それができるのが人間だ。

みんな、許すのに必死だ。許せない十字架を背負う人の、その重荷を少しでも分けてもらって私はかたづけを手伝いたい。なのにもう一度戦争なんて。簡単に譲らないで。そんな簡単なことじゃない。人が人のいのちを奪うなんて。その傷が全く癒えないのに、その傷は私たちの意識の中に引き継がれているのに、それを見ないふり感じないふりはもうやめよう。

私のおじいちゃんのからだも、私の暮らす近くのどこかでこの島の土になってる。おじいちゃんは陸軍で島の人は嫌っている。でも、おじいちゃんは本当はアーティストだった。美しいもの、表現、人間、言葉。好きで兵隊になったわけじゃない。私は感じる。おじいちゃんはきっとこの島の優しい女の子に優しくされたんじゃないかって。母も妹もひめゆりの塔で手を合わせた時なぜか同じこと思ったって。とってもお世話になって、本当にありがとう、って、なぜか少し嬉しい気持ちで泣きながらそう言った。

沖縄へ来る前は心配だった。おじいちゃんもすさんだ心で亡くなっていったんだろうか。でも海軍壕へ行った時、私はもしそうでもおじいちゃんを赦せると思った。誰だってこんなにも怖い目に合ったら、おかしくなって当然だ。だから私は赦せるって。海軍壕の守衛さんも怒っていた。海軍は立派だった。陸軍は人間じゃなかった。

でもしばらくったって、やっぱりおじいちゃんは最後まで人間らしく、死んでいったんじゃないかと思った。ただ、そうわかった。沖縄の優しい女の子の優しい気持ちをちゃんと受け取って死んでいった。なぜならおじいちゃんも優しい人だったから。33歳という若さで4名の子どもと若く美しい妻、祖母を残して。

人間らしい心のまま地獄を味わうなんてどれほど辛かったかと思う。この島では心を無くす訓練も受けないまま、家族みんなで戦争に参加させられ島民の4人に1人は亡くなった。家族や親戚のうちの誰かが痛ましく亡くなっている。その思いをどうやって乗り越え、あるいは乗り越えることもできずに胸に抱えて、みんなが生きているか。

私の母はそうして父親を亡くし、いろいろなものを諦めて、そして求めて生きてきた。何が足りないのかもよくわからないまま。誰かの利益、誰かの得のために誰かがそんな思いをするなんて、絶対にいけない。得した人も等しく背負う十字架だ。人間はすばらしい。そう思えるような人間を生きよう。

Don’t give up to stop the fight.

アセンション、そしてその具現化

いつもAZU WORLDを読んでくださるみなさん、本当にありがとうございます。face bookやTwitter、mixiなどではつぶやいたり情報を上げたりしてきたのですが、今日はここに書きたいと思います。

私は特に自分の今世の目的ってなんだろう?と考えていません。人間の魂の目的というのがひとつしかないということがわかったからです。人間にはこの世でその体験をどのように進めていくかというざっとの計画があるだけです。

けれど今まで歩んできた道を丁寧に振り返ってみて、こんなことしてたんだな、とか、この時はわからなかったけどこっちへ向かってきたんだ、とか、後にこのことをわかるには絶対この経験は外せなかったね、など、私が意識する以上に明確に、緻密に、すべては偶然(行き当たりばったり)ではなかったと納得せざるを得ないような、導きとしか言えないような地図を魂はやはり持っていることも知っています。

今やっていることを通してあるいはやっていないことを通して、私の魂は何を体験したがっているのか、何に強く惹きつけられるのかと改めてさらってみると、私は本当の平和、愛によって成り立っている世界を体験するべく進められてきているとわかります。

私は10余年前にヒプノセラピストという仕事を始めてから、いや、そうではなく30歳になって否応なく出かけていった世界で、インディゴチルドレンと呼ばれる新しい魂のことを知りました。知識で知ったのではなく、彼らが私めがけてどんどんやってくるという出会いを体験しました。

彼らは一様に優しく潔癖で傷つきやすく誇り高く素直で率直で創造的で、愛というエネルギーで動く、とてもわかりやすい人種のように私には認識されました。出会う彼らはたいてい傷ついていました。社会に、親に、自分であることに。けれどその皮の一枚奥には眩しいような光を放っていました。私は彼らといると非常に安心で、自由で、また、自分の価値を感じることもできました。私は彼らにとても愛されました。

セラピストを生業とするようになると、彼らがこれまで多く地球にやってきている魂とは異質の、とても波動の軽い、そして愛によって平和の世界を創るために来ている魂だということを知りました。彼らは一様に人間のエゴに悩んでいましたが、それを自分のエゴだと思い込み、自分になにか欠点があるに違いないと信じ込んでいました。もちろん彼らにもエゴがあります。でもそれはそんなに根深い重たい想念で構築されているものではありませんでした。ただ、世界を眺めていて自分の立ち位置がよく掴めずに、自分の価値を見いだせずにいたような感じです。彼らはただ、自分が何者なのかを思い出したかったのです。

セラピストを始めた当時、彼らは社会人になりたての頃でした。私に会って話すと、彼らはとても元気になってくれました。彼らは個人的な欲求を満たすための欲望があまり強くないため、自分には古い時代の人のようなバイタリティーや根性がないと感じていましたが、彼らの魂が息を吹き返すような、自分の欲求を思い出せるような種を私は持っていました。それが、世界の平和です。

私は自分自身も彼らの仲間かもしれないと、もちろん考えました。ですが彼らの特徴と私では若干違う面もあります。次第に私は「彼らが地上で存分にちからを出してミッションを行えるような準備をするために来た」と思うようになりました。だからといって自分が犠牲になったりそれらしい役割を演じることは全く必要ありませんでしたが。私がすべきことは「彼らが見習えるように、出来る限り自分のままで生きて、存分に自由にそしてありのままで幸せに生きることができることをやってみせてあげることだけ」でした。しかしこのミッションはおわかりのように、そう簡単ではありません。ただ私の人生を振り返れば、私が意図しようが望もうが努力しようが、成ることと成らないことがあり、このミッションに即したときだけそれは機能し、スムーズで抵抗なく進み、幸せに満たされるということがだんだんとわかってきました。

私は次第に、世界が愛中心に回っているという世界を生きているうちに、目の黒いうちに見たいと願うようになりました。そしてそのことを追求すればするほどに、人間は自己意識(潜在意識)の中にある痛みを癒し、恐れを克服していく必要があるとわかるようになりました。そうしなければ人間は真実を観ることができません。それがどのレベル(次元)であっても、恐れにとらわれ痛みを抱えていては真実に触れることができないのです。それは分厚い防護服越しに愛撫するような感じです。いやでしょ。(笑)

さて、若きインディゴちゃんたちが押し寄せて会いに来てくれる中で私は思いました。彼らが社会の中枢の世代になるころには世界は変わっている、と。でもそれには、彼らが自分を癒し、癒し方を覚え、そして自分が何者なのかを思い出さなくてはならない。人間力を身につけ生きていけるだけの訓練も積まなくてはならない、と。私はおとなになってからだいたい10年以上地に潜伏しました。その間に「人間力をつけるんだ、超能力じゃなくて、才能でもなくて、人間力を鍛えなくては」と思い続けました。自分に足りないのはそこなんだとわかったからです。そうやってインディゴちゃんが育つのを待ち、あるいは助け合いました。

私の内面の世界が信じられないほどクリアになってくると、これまでのいろいろなパーツのあらゆる混乱が解けて見えました。そして、私の魂が何のためにこんなにも苦しい中を生き延びて(本当にただ生き延びることだけに集中して生き延びた時期もあります)来たか、どこへ向かっているのか全く見えない闇を彷徨いながらも向かっていたところがどこだったのか、わかりました。

その目標とも言える超越的な世界をこの世的に具体的に表してみるのなら、それは世界から戦争が消滅した世界のその後、です。すべてのいのちが平等に、神を宿す肉体として尊ばれる世界です。自由で、それぞれが自主的に愛を表現することで共生し循環する世界です。

多くの人が、世の中が変わらないのは政治が変わらないからだと言いましたが、私は政治が変わるのは最後だよ、とよく言いました。この宇宙の原則は「意識が先」です。その変化が政治に表れた時にはすでに世界(意識)の大多数は変わっている、と観ることができるからです。だから、自分の意識を変えるんだよ、変えるというのは、既存の、当然と思われている不条理に気づき解体するんだよ、手放すんだよ、自由になることなんだよ、ということです。そしてそういう自分のあるがままを生きてそれが示されれば、世界は変わるんだよ。そうしたらそれに合ったシステムが必要になるでしょ、その時に政治の概念が変わり、本当に必要なものに置き換えられるでしょう、と、思っていたのです。

そして、その時が、今来たのです。

待っているうちは長かった。次第に待つことも忘れ、自分のできることすべきことに没頭して、ただ今に感謝するようになっていたら、それが来ました。

その時が来たということが、今回参議院選挙に、三宅洋平という人が立候補したのを見た時わかりました。

私の近しい友人たちが「魂が震えた」と言っているのを聞いて私はある映像を見ました。彼らの感性がそう言うのってどんなんだろうと思った、純粋な興味でした。そして見ているうちに自分も震えていました。それらの映像は別枠でいくつかアップしています。どうか、見てください。見て感じてみてください。私の言葉を理解し好んでくださる皆さんであればきっと何か感じていただけるのではと思います。

人は痛みがあると真実を観られないと言いました。ですが、どんな痛みや恐れがあっても、魂は愛に惹きつけられます。どんなに観ないように感じないようにふさいでいても、僅かな隙間から愛の波動をキャッチしてそちらへ惹きつけられるのが魂です。だから魂は愛に震えるのです。

政治に愛をもたらし、愛によって世界を変えるんだ、と公言し、世界から戦争がなくなる方法をみんなで見つけてそれをやろう、その代表として俺を国政に送り出してくれ、と言っているスピリチュアルで勇敢な、知性と創造性にあふれた、そして人間力の訓練を積んだ魂がとうとう政界の扉を開こうとしています。

彼を見た時、私は「私もとうとうここまで来た」と自分にありがとうをしました。彼は私の意識の世界から現れた鏡だからです。どうかみなさんも鏡を見てください。そして、世界に光をもたらしたご自身の努力をねぎらい、そしてそこから次の一歩を踏み出してください。