悲しみを慈しむ、慈悲

なんだか嗚咽してしまった。

きっとみんないろんなことを考え思っているけど
感じてしまうことを少しづつ我慢してる。
例えば、どうしようもないことを悲しむことを。

悲しむ代わりに怒ったりイラついたり疲れたりうんざりしてみたり
さらには理論だててみたり。
なにかのせいにすることで片付けようと必死なのだ。

私たちは真実ではないことに少しづつ傷ついている。
その傷を無視することで少しづつすり減る。

今日私の胸はいっぱいになり、パンクした。
たいしたパンクではない。
小さな日常のひとこま。
ただ、真実じゃないことに疲れただけ。
そして優しい何かに触れて
がまんが崩れた。

そんな風に悲しめたことで心底ほっとした。
疲れもパンパンなからだもゆるんだ。

悲しいことを悲しむことは真実だから、
そこには神の光がある。
あたたかい優しさが来る。

別のことであるふりをしている間には
決して癒されない。

私はただ、真実が好き。自由が好き。平和が好き。
理解や助け合いや優しさやユーモアが好き。

溶け合ってひとつになっていくことが幸せ。

対立の根底にある平等さや
議論の基盤にある誠実さや
闘いの奥にある真摯さなどがとても好き。

平等なき対立や
誠実さを欠く議論や
真剣味のない闘いは
まったくの無意味。
それらはただの暇つぶしか搾取の一種だとさえ思う。

そういうすべてを乗り越えた向こうにある信頼が好きだ。

例えば、他者を思う思い。
全体を思いながら持ち場を全うする責任。
そういうことを背負う幸せも。

それが人の本質だと私は思う。

本能を本質と取り違えないことだ。

人間は弱い。ライオンよりオオカミよりヘビよりゾウより。
しかし私たちは彼らに愛を教えることができる。
そのお手本を示すことができる。

それが地球を預かる引き換えの責任。

サルがイヌを愛するのは
人間が見守るなかで起こること。
自然の厳しさから守ってあげたとき
本能を超えた優しさが目覚める。

人間はそれを考え選ぶことができる。
本能には選べないものまでも。
想像して、選び、与えることができる。

神が人間に与えたものは
神に似たちから。

いまだ無いものを創るちから。

しかしそのちからさえ、与えられている。
それが真実。

神は愛。人間も、愛。
それを創造することだけが使命だと思う。

お読みくださりありがとうございます。
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今すぐ豊かになる

ⒸRUACH[ルーア]沖縄
ルーアから一番近い浜の、ハマゴウの花。庭があったらいっぱいにしたいくらい好き。婦人科系に効く薬草だそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の記事を書いたら、ライトワーカーに私もなりたいです!と
コメントをくださった若い女性がいた。
嬉しくなる。きっとこれからも世界は愛に灯されていく。

今日本はどうやら貧しいらしい。
優秀でも仕事に就けない人がたくさんいて
ごはんを満足に食べられない子供がたくさんいて
弱い人も、そういう人を助けたい優しい人も
どんどん生きにくくなって
国はどんどん借金がひどくなって
世界中であまり評判が良くない国になって

大きな震災に多くの人が苦しみ
地球規模で汚染するほどの原発の事故を起こして
復興という名の経済活動は
お金があるところにばかりお金が流れている。

欠乏意識はますます私たちを欠乏させる。
心を貧しくさせる。
貧しい人同士が取り合わなければならない世の中。

熊本の震災で、杉山優さんが目の当たりにして愕然としたのは
そういう、今の日本というおうちに住まう
家族たちの素顔を見たからじゃないかと思う。

私の両親は戦中派、と自称する人たちで
昨日と今日で世間の価値観が正反対にひっくり返ったのを
体験した子供たちだ。

私はよく子供の頃、両親から
「美緒、だから世間の価値観なんかに流されてはいけない。
自分の価値観で生きなさい」と言われて育った。

反面教師的な教えもたくさんいただいたけれど、
こういった教えは本当にありがたかったし
勿論、損することもたくさんあったけれど
その分後悔は少なくて済んだと思う。

「自分の目の前のことで精いっぱい」というのは
いつの世にもどんな状況でも
その考えを採用している限り変わらない。
お金があってもしがらみからは逃れられない。
時間があっても
周囲を幸せにするという選択肢が心に無ければ
選びようがない。

私もかつてそういう選択をしていた。
幸い自分はおおものではなかったので
悪影響を大きくせずには済んだと思う。
でも、それはいつも、単なる言い訳だ。

何一つ、差し出したくない
或いは、自分には差し出すものなんてない、という
貧しさを証明していくという宣言なのだと思う。

それを選択している限り、
人生の欠乏は埋まらない。

もし今、本当にごはんがなくて飢えて、死にそうかどうか。
もし本当にそうなら、即座に周囲に助けを求めるべきだ。
1人では解決できないところにあなたはいる。

もしそうでなくて、漠然とした不満を抱え
未来に対して不安を抱き
だから余裕がない、これを続けるしかないと
自分を査定しているとしたら
それは大きな間違いだ。

あなたは今すぐ、自分と、世界を変えるという偉業に
取り組むことができる。

それはさしあたり、日常の何を差し置いても
今立ち止まってみて
まず最初に取り組む価値がある。
気づくには一瞬の時間しかかからない。

「まず神の国を求めよ」がそのことを指しているが
神に親しみがなかった私のような人にはやはり
「まずあなた自身を見直しなさい」と、
そんな言葉くらいでしか表しようがないかもしれない。

この言葉は
「私は精いっぱいなんです。
これ以上努力しろなんて、私に言わないで」
という人には今すぐ荷物を降ろし、楽になる道を用意してくれ

「特に問題があるわけではないんです。
ただ、何を喜んでいいのかわからないんです」
という人には、即座に喜びの道を与えてくれる。

神の国は文字通り私たちの内側の永遠の場に在る。
そこで暮らすにはただ、気づけばいいだけだ。
おおげさな儀式や手続きは必要ない。

さらにその国で生きると決めた人にはもれなく特典が付く。
自分の幸せが即、周囲の、全体の幸せとなる、という。

幸せの取り合いをしているこの世間に居ては
絶対に体験できないことだ。

さて、それに気づいたら、
まずはそのどっちを選ぶか、ということだけなのですが。

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究極の天職

自分とはどんな存在だろう、より自分らしい生き方とは、と考え始めるとき
職業について悩む人は多いかもしれない。

「好きなことができていない」ということで
自分はなにか不充分だと感じてしまう。

ワクワクすることをすれば成功する、お金がたくさん稼げるという思想は
スピリチュアルの定番となっている。

確かに、それは自分と向き合うとっかかりになるかもしれない。
人生でそういったチャンスが他になく、疑問も持ったことがない人にとって
それはそれでいい。

しかしとっかかりはあくまでとっかかり。
それは人生の目的でも魂の使命でもなんでもない。

かく言う私も、完全な豊かさを手に入れない限り、
自分は未完成、というような思いを
以前は少なからず持っていた。

完全な豊かさとは、
自分は必要なすべてを持っているということを知っていることだ。
そのことを知らない限り私たちは飢えたおなかを抱えたまま世界をさ迷う。

自分は不完全でいびつで未熟だ。
にきびが治ってほっとしたら今度はしわとシミに悩む。

そんな自分が自分らしく生きるとは、
という問いの答えを手に入れることなんて
本当にできるのだろうか。
すべては謎だった。

「そのままの自分を愛しなさい」
え?では向上心は?探求心は?

自分がこのままでいなくてはならないなんて、
全然しあわせじゃないじゃない。

神は私たちの心を通して、愛という光を私たちに灯す。
私たちはその光に行く手と足元を照らしてもらいながら
ただそれを生きる。

その生のなかで、私たちは変化する。
その愛のなかで、私たちは与え、受け取る。

その中で私たちはそれを実感し体験する。

ライトワーカー、という言葉を初めて知ったとき、
私はそれになりたいと心から思った。
20代の頃のこと。

つい最近になって、
「ライトワーカーって、
スピリチュアルな職業をしている人のことだと思っていました」
と言われました。

ライトワークは、光をもたらす仕事を、
生きることを通してすることです。
行いの中に愛を注ぐことです。
行いに愛を注ぐことが奉仕です。

奉仕は職業に関わりありません。
お金をいただくから奉仕できないわけでも
プロではないから奉仕できないわけでもありません。

職業の中の行いに、或いは職業以外の行いに
愛を注がないなら奉仕はできません。
しかしどんな行いにでも愛を注ぐことはできます。

どんな行きがかり上でも、その仕事に就くということは
縁があります。
適正がまったくないところに人は長くいられないものです。

その縁は誰が与えたのでしょう。
縁は天が与えます。別名、エネルギーの法則です。

天が与えた縁に、まずは奉仕で応えてみてはどうでしょう。

そこで喜びが感じられるのであれば
あなたはライトワークしています。

それは、行うものの喜びなのです。

天は時に、光の申し子であるあなたを
最も暗い場所に派遣することがあります。

あなたがそこで、変わらず光を灯し
愛を注ぐことができれば
それこそがあなたを霊的に格段に成長させる体験となり
霊的に格段に成長したあなたはさらに偉大な奉仕をすることになるでしょう。

その行いこそが、天が与えた仕事、天職なのではないでしょうか。

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メッセージ

4月を境に実は、私と私を取り巻くエネルギーがごろん、と変わったのを体験中でした。
現状を把握するために自分の点検をこつこつとやっていました。

母が手術で入院したり、それから熊本の震災がありました。
このブログでおなじみになった(させていただいた)
優さんとの実際的なワークの影響もとても大きかったです。

気づきや学びや愛を感じられる素敵な体験もありました。

熊本で震災に遭われて「レイキ、瞑想、美緒さんに出会えてよかった」
とご連絡くださった方。

また以前いらしてくださったクライアントさんが突然お電話をくださって
「実はセッションのテーマだった、彼との結婚へ進めました」
と、ご報告をくださったり、
昨日も「AZUさんのおかげで毎日が充実しています」というはがきをいただいたり

とても込み入ったテーマをお持ちで
2年越しでお電話のセッションをご一緒に重ねてきたクライアントさんがとうとう
新しく出会ったボーイフレンドと一緒にいらしてくださって
その彼もセッションを受けてくださったりと

喜びとねぎらいのギフトが続いていました。

また、時間をかけてセッションを重ねてくださった皆さんが
一歩進んで、セラピストやヒーラーとして自立なさるということも
増えてきていました。

私自身も、なにかもう一歩進まなくてはならない
後押しのエネルギーを感じていました。

やりたいこともビジョンも結構あって
むしろ今世にやりきれるだろうか、というほど
アイディアもあるのです。
が、自分を自動的に突き動かすほどの流れにまで至りませんでした。

たいてい本物の流れ、魂の望む道とタイミングであれば
考えるよりも決める、選ぶ、という感覚で
始めることが自然にできてしまうものです。

瞑想はもちろん重ねました。

そしてちょうど昨日のこと、でした。

ご縁のあるクライアントさんの顔が浮かんでは消え、していました。
私にとって、彼らの魂は、
どれだけ日常のなかで時間を過ごしたとしても追いつかないほどの
深い交流を許してくれた魂たちです。

そして突然、気づきました。
私はただ、みんなが進みやすいように、それを考えればいいんだ。
そのために自分にできること、必要なことを探して、形にすればいい。

そう思うと今の変化のエネルギーがすーっと調和していきました。
自分の中の愛を感じました。
そのあふれ出る出口をみつけてあげられたような喜びが広がりました。

SNSを開けると、大事な魂の一人、彼女の顔が現れ
私は思わず、彼女に心で話しかけていました。

話している内容は正直言葉になりません。
言葉にしてしまうと足りないし偏ります。
でも、本当に心から、愛しい、という
けれどこれまで感じていたどれとも違った感覚でした。

その彼女から今日また、贈り物をいただきました。
まるで私の体験を別の側面から表現してくれたみたいな文章でした。

ここに記します。

 

 
彼女の一言一句から愛が伝わってきて、
自分のことではない誰かの話のように涙しました。

クリックやシェアでのご支援、いつも本当にありがとうございます。

インナーチャイルドの傷って

ちょっと今日は連投します。

インナーチャイルドに対する知識って今、
どれくらい知識広まっているんでしょう。

私のところにいらしてくださる方々も、
本やインターネットで一生懸命調べて、
満を持してきてくださる方が増えました。

また、子供の時に傷ついて
一生懸命自分と付き合ってきた人たちがおとなになって
お子さんを育てるようになってます。

そのとき皆さんは
こんなことはしたくない、
こんなことはしてはいけない、
というふうに
子供さんに与えるものをとても制限しているように見えます。

悪い言葉を与えたり傷つけることをしたくない。
怒りたくない。
そう思います。

私も、親の言葉に傷ついて
涙にくれながらよく
自分は絶対にこんな親にはならないぞ・・・と
心に誓ったものです。(笑)お母さんすみません。

しかしながら、私がインナーチャイルドの専門家として
絶対にお勧めしたいことは基本一つです。

それは、パートナシップをしっかり育てること。

子育ての苦労は無限かもしれませんが
もし子供さんの心を大切に育てたいと思われるなら
夫婦間の関係性、愛情をしっかり育てることに尽きます。

すでに離別されたりしているときなら

ご自身の心を愛で満たすことです。
幸せでいることです。
つまり、自分自身との関係と愛情を育てることです。
基本はいつも同じです。

例えば、夫がこんなことを子供に言ったりしている、やめさせたい、というとき
お母さんはつい、言いやすい子供さんのほうに、
お父さんの言うことは間違い、聞かないで、というメッセージを送ってしまいます。

そうすると、子供さんは混乱してしまいます。
お父さんとお母さんの亀裂を察知して
安心して両方から愛を受け取れなくなります。

同時に、両方を安心して愛せなくなります。

これが子供にとって、潜在的にとても辛いことになります。
例えば潜在意識の傷って、こういうことです。

DVなどの派手な出来事がイコール深い傷ではありません。
特に今の時代地球に来ているより繊細な魂たちにとって
充分に愛せないことがなにより無意識的な苦痛になり
心を分裂させてしまいます。

お父さんとお母さんは、価値観が違って当然ですが
その違いについてコミュニケーションを充分にとり納得しあっていれば

信頼というエネルギーが子供さんの潜在意識にメッセージとして伝わります。

子供はテレパシーレベルで、安全と安心を感じ取り
成長することに専念できるのです。

子供がお母さんの育て方を気に入らなくても
子供が自分の道を選び、前向きに進んで行く元気や勇気が根底的にあれば
それでいいと私は思います。
その子は逆境からたくさん学べる子なんです。

でも時に、本当に心が折れてしまうことがあります。
絶望、というのがそれです。

昨今、うつ病という診断はとても一般的になりましたが
本当の鬱は、絶望という状態だと私は思います。

また、いつまで経っても本当の愛がみつからない。
自分を、人間を愛せない、
愛を実践できない、
愛することが始められない、
愛し続けることができない、
というのは重篤な欠乏状態だと私は思います。

そんな時には必ず心の内部の見直しが必要です。

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前世小ばなし。

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みなさんおはようございます。

私、スマホは持っていないのですが、パソコンはとてもよく使います。
お客さまともお話したことがありますが、飽くなき探求心で(笑)
PCは無限の百科事典のようです。

なんでもすぐに調べます。
なにか他のことを楽しむよりも
PCで調べているほうが楽しいのです。

それから、キーボードを打つのが好きです。

子供のころ、まだワープロというものも無かった
(無かったのか一般的でなかったのか)頃、
タイプライターにものすごく引き付けられ
そしてそれを引き寄せました。(笑)

親戚の叔父がもう使わないからとくれたのです。
ものすごく嬉しかったのですが
使い道がありませんでした。

しばらく持っていてぱたぱたと文字を打ったりしていたのですが、
結構場所も取るし、現実的でないので
手放してしまいました。

後に前世療法を初めてしっかり受けたとき
私の魂はヨーロッパあたりの町(地域)の新聞社で働く
女性ライターの人生を体験していました。

毎日タイプを打っていました。

仕事以外、家庭とか生い立ちは孤独で不幸でしたが
お仕事には恵まれて、タイプを打つことが
救いの時間だったようでした。

今世で惹きつけられることはだいたい前世での体験の記憶が影響している、
という典型的な例です。

タイプはのちに、ヒプノセラピストになったとき、
タイピングの勉強が必須でした。

早打ちソフト、というのを配布されて練習しました。
それで、セラピーの内容を全部記録するという
神業的な(笑)仕事をマスターしました。

今は手書きで全部記録をとってお渡ししています。

その過去世の女性の想念は解放し浄化しましたが
タイプが好き、というような部分は自然に私の身に残っています。

前世について、まだまだ誤解が多いののですが、
しっかり伝えていきたいと思います。

セッションにいらしてくださった方が
「わかりやすいです」「すごくすっきりしました」とおっしゃってくださると
私もすごく、すっきりします^^

今日はこの辺で。

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おとといから夏です。

みなさん、こんにちは。
いつもAZU WORLDをご訪問くださりありがとうございます。

沖縄、おとといから夏となっています。
昨日のお休みは今シーズン初の、ビーチランチ&コーヒー&散歩&ヨガ&瞑想+わんこ
を、楽しん来ました。

いつもながら、ランチは夫が作ってくれます。
卵とツナとオレンジクリームチーズの三種のサンドイッチ。

準備ぜーんぶ整えてくれて、私はご招待状態(笑)
昨日はコーヒーだけお手伝いしました。が、

夫だと2種類の豆で淹れてくれるところ、
おおざっぱな私は一種類どーん。しかも、
量も足りな目。だんなさんごめん。

夏になると俄然沖縄の空と海の色は輝きます。
きれいなものを見るって、それだけでエネルギーが変わりますね。
良いものに触れるって大事だなーと思いました。

少しでもお裾分けできたらと思い、今日は写真アップしますね。

いつもお散歩する知念のビーチ。誰もいません。
いつもお散歩する知念のビーチ。誰もいません。
空、すごくなってきました。
空、すごくなってきました。
満潮時は海底です。どんどん進む。と、
満潮時は海底です。どんどん進む。と、
振り返るとこんな。パラソルほとんど見えません。
振り返るとこんな。パラソルほとんど見えません。
ついに最先端へ。離島並みにきれいです。
ついに最先端へ。離島並みにきれいです。
どこへきちゃったんだろう?
どこへきちゃったんだろう?
ガラ携のカメラの限界(笑)
ガラ携のカメラの限界(笑)
正面にある点はクマカ島です。
正面にある点はクマカ島です。
さんごのあかちゃんも育っています。がんばれ!と声がけ。
さんごのあかちゃんも育っています。がんばれ!と声がけ。
おかあさんも大冒険。
おかあさんも大冒険。
久高島でいただいたカジキとクレソン丼。これも夫が。あれ、私料理してないわ。
おうちに戻って晩ご飯は、久高島でいただいたカジキとクレソン丼。これも夫が。あれ、私料理してないわ。
だけど、シャンプーは私ががんばりました。きれいな間だけ、お部屋で一緒。
だけど、シャンプーは私ががんばりました。きれいな間だけ、お部屋で一緒。

御清聴?ありがとうございました^^

 

宣言してしまいます。

紋羽の木(もんぱのき) 薬草でもあり、日本で最初の水中眼鏡が作られた木でもある。きれいで大好き。

みなさんおはようございます。
こんなハイペースの更新、未だかつてない、状況です。

まず、一緒に実感のある寄付しよう!プロジェクトは
第一幕を閉じました。
昨日現場を撤収し、今日杉山優さん、無事に帰路についているはずです。

いただいた寄付は現地で今一番必要、と
優さんのハイヤーセルフ
(本人には未承諾ですが多分納得してくれます・笑)の采配によって
物資へと換えられ届けられています。
最後まできっちり仕事をしてくれています。

また、アマゾンから送ってくださった物資に関しても
すでに同じように使われ、メッセージとエネルギーとともに
手渡されている状況です。

この点の詳細が完全につかめていないかもしれませんが
後ほど報告があるかと思います。

私の予感ですが、このプロジェクトは続くというか
拡大するのではないでしょうか。

発信源はまだしばらくここにありますが、
発信源自体が拡大し、そしてそれ同士がつながる
可能性があります。
増殖ですね。

増殖したくてうずうずしているエネルギーを感じます。

さて、私は個人カウンセラー、個人セラピストであって
個の幸せ、と真理を探究しています。
真理はそもそも個の幸せのためにあります。

これまでの世界では
なにかのプロジェクトをするとき

枠組みとシステムを作って
それに個々がはまって、
役割を果たすことで
全体を回す、

という仕組みになっていたかと思います。

それがまあ、今の社会です。すごくおおざっぱですが。

そしてそのシステムは目には見えやすい(思考では解析しやすい)
けれども難点がありました。

全体の調和ために個のエネルギーが非常に制限されるという点です。

社会は、役割からなるべくはみ出さない規格品を望み、
それを育てるべく、教育をしました。

結果、個のエネルギーは損なわれ、病理を産み
個の幸せ、果ては人間の生きる目的意識や
感覚そのものの創造性も奪ってしまうことになりました。

しかし、その芽は滅びたわけではありません。
私たちはそれを、外側の世界に同調しながらも
温存してきたのです。

温存したままそれをなるべく素早く蘇生可能にしておく状態で生き抜くのは
容易なことではなかったはずです。

ほとんどの人は、その芽がなんのために存在しているかにさえ
懐疑的にならざるを得なかったでしょう。

これがいったい自分を幸せにするんだろうか、世の役に立つのだろうか、
いや、まさにトラブルの元凶だったではないか。

私がまさにその一人です。
「なんか、輝かしい才能とか素質みたいなものをもらったようだけど
(これは、子供時代、学生時代には随分輝いていた記憶があったためです。)
生きるために役に立たないものばっかりだ。
というか、邪魔だ。
というか、私には役に立てる能力がない。
つまり、私はダメな人間なんだ。」

そんな気持ちで大人になってからは過ごしました。

私が自分を蘇生させるためには
ものすごく複雑な手続きが必要でした。

それは、周囲にそれをしているお手本がなかったため
自分でみつけ、切り開き、体感し、進んで失敗を冒し、
立ち直ってまた進まなくてはならなかったからです。

でもいつか、自分の人生がそのまま
同じ誰かの役に立つだろう、という希望だけが
私をあきらめなかった支えです。

私を根本から救ったものは
私の内なる神=真の自己です。
私はその神の使者になりました。

私の人生の目的はこれでした。

神の使者にできることは
実際になってみると本当に小さな事ばかりです。

前述しましたように、
社会は枠組みとシステムを作り、人間をそこにあてはめて起動します。

しかし神の使者はそのシステムを覆します。

まず自分の内側に潜り
自分の中の不純物を排斥する、
つまり自己意識のおそうじをこつこつやります。
古い観念、想念の解体ですね。

そして中心とのつながりをなるべく透明に保ち
しかもそのことに固執しない付き合い方をからだで覚えます。

からだで覚える、というところが肝心です。
それには稽古が必要なのです。

そして今生きるステージの中で
その稽古が活かされるよう
小さな実践を重ねるのです。

そのころにはもはや
世界を変えるために大きな仕掛けが必要ないということに気づいています。
小さな実践に対するフィードバックをいやというほど見せつけられ
体験させられるからです。

神の使者は、この創造の源とのつながりを確立し
それを意図的に実践して生きる人のことです。
肉体のある次元でいうのならば。

優しい人(天使的な人)の中には半無意識的に、
自分なんてなんでもないものです、という気持ちで
善い行いをしている人も大勢います。

また一方、使命感というものに固執するあまり
自分を確立したいという欲求のほうに傾いてしまう人もいます。

ですが、両者とも本当の使命を果たすには不充分です。

自分を忘れて奉仕するというのは、自分の価値を見出さないこととは違います。
自分の価値を見出さないということは神の価値、働きを見出さないのと同じです。

また使命感からくる自分を確立したいという欲求は、
自分を完全なものにしたいというありえない目標を掲げるようなものです。
すべては過ぎ去ります。
自分を探して自分にばかり投資して、人生を消費してしまいます。

確立すべきものは関係性です。
神の、愛の、光りの通り道を自己の内に確立し
すぐさまそれを周囲との関係性に反映できるように
準備することです。

先日あるかたがSNSで
「私は架け橋である。
そう思えたら楽になった。
意味や何の為ってことを考えているうちは自分が終着所のようだったが、
流れの一環だとみると、自分がやりたいと思える事をする、そうするだけ。
そこに間違いはないのだからね。」とおっしゃっていた。
(公開モードだったので、そのまま転用させていただきます。
お名前出してもいいかな)

使命、持ち場を満たすというのはこういうことだと私は感じました。
与えられた場のなかで、精いっぱい自分であること。
例えば今回の優さんのように。

そして為したことに執着せず、全体と共有、共存すること。

その関係性のなかで、私たちは体験するものを選びます。
選ぶものが、なんなのか、それが次の場へ、私たちを運びます。

できる限り正しい善きものを探しながらも
私たちは関係するすべてに愛を見つけるという選択ができます。

実は正しい善き行い以上に、関係するすべてに愛を見つける選択のほうが
はるかに良い結果を産むというのがエネルギー的に真実です。

ですから往々にして、神の使者は小さなものに、より狭いところに宿っています。
そのほうがはるかに仕事がやりやすいからなのです。
枠組みに縛られないし摩擦が少なくて済みますからね。

新しい世界の創造はこうして起こると確信しています。
でも、ただ待っていてはだめです。
自分を点検し、蘇生すべき芽を今すぐ見つけてください。
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持ち場を満たす

 

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この状態をおみみぺったんさんと呼んでいます

「ねえさん、『ピッチャー振りかぶって第一球のモーション、投げました!』
見ていてくれるのはシンゴさんだけでいい?」

これ、おとうとからの質問です。

唐突に来るので一瞬戸惑いますが、意図は読めます。
・・・これ、セーフですよね?(笑)

私「そう、そうだね、ねえさんはそれでいいと思うな」

弟「そうか、おれはね、いろんな人に見ていてもらいたいと思うんだ」

一瞬考えて
私「うん、それは必要だね、やっぱり、障がい者だから、自分たちだけでは難しいね」

おとうとの彼女のMK子ちゃんは、私と同じ年で半世紀近く生きてる女性なんですが(笑)
とても乙女です。
なので、時々、弟の行動にやきもちを焼いたりするようで
弟はもう少し、理解がほしいな、と思っているみたい。
意訳するとですね。

ちょっと話の軸は(時空は)ずれているのですが
でも、大事なことほど自分だけで決めて生きてきた自分としては
そういうことすら自由でないおとうとの人生にはっとまた気づきをもらったりします。

でもそれが彼の持ち場。
みんなに持ち場があります。

別の持ち場にいるのに、横割りに比較することは何事にも無意味です。

小学校の学級会や道徳の授業なんかで確か
「相手の立場になって考える」という思いやりを勉強しました。

それは共感の第一歩なのですが、
ただ立場になるだけ、ですと、
私というエゴがその人の側に移動するだけになるんですよね。

そうすると、時に「自分だったらこうするのに」とか
「なんであの人はあんなことするんだろう」となって
結局ジャッジメントに拍車をかけるだけになるんです。

大事なのは、もう一歩進んで
「相手の身になって感じてみる」だと思います。
それはハートを介した共感ですので
超越的な理解につながります。

単純なことのようですが、次世代のコミュニケーションは
この段階に進まないと、人類の希望は薄いです。

相手の身になって感じてみると
自分という辞書にないことでも
人類にはあり得るんだ、そして

生まれも環境も文化も価値観も違う誰かが
そう反応し、そう選択し、そう言動するということの
真意がわかる、ようになります。

それは相手のためにするのではありません。
なにより、そう理解することで
自分のうちにある恐れの炎を
鎮火させることができるのです。

理解しがたいものを私たちは恐れるからです。

そうして愛という中心に戻ることができます。

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一緒に実感のある寄付しよう!プロジェクト、その後

今日の最新版から、杉山優レポートお届けします。
FBにはもう少し細かい情報も載っているのですが、骨組みからお届けです。
行政の支援物資だけでは行き届かないところに直に届けてもらえる実感はやはり大事です。
良いことも、良くないことも、自分と関係あることとして捉えるレッスンにもなる気がします。
______________________________________
杉山 優
1時間前 · Kumamoto熊本県 熊本市 ·
広安西小学校避難所13日目
きのうは暴風雨。きょうは暴風。
荒れてました。
先日、
ここ、広安西小学校は
9日の午後から
学校として再開する予定が
発表されました。
避難所と学校の共存が始まります。
学校は教育の場です。
いろんな小学校で
仕事をしてきた身としては
思うことがたくさんあります。
バイタリティあふれる
校長のことだから
被災を教育と結びつけるでしょう。
どんな工夫がなされるのか
とても興味があります。
学校と避難所が共存するということは
避難者の生活が
子どもたちの目に触れるということだと
思います。
避難所には
「きょうは午後から時間があるので
何か手伝えることありませんか?」と
声をかけてくださったり、
喫煙所で
避)ボランティアの方も、
タバコ吸ってくれるんで
助かるよ
杉)ん?どういう意味ですか?
避)ボランティアさんが働いてんのに
我々だけタバコ吸えんでしょう
杉)気にしなくていーんじゃないですか?
(笑)
避)いや、気にしますよ
と、いう方もいらっしゃいます。
この方は脚を悪くなさっていて
歩くのも苦労なさっています。
天使やマリアのように
自分のことは後回しにして、
例えば配られる弁当を
受け取るのを忘れてまで
とくに支援が必要な避難者の
お手伝いに奔走する方も
いらっしゃいます。
子どもたちが
こういう生き方を見て学ぶことは
多いと思います。
反面、
ちょっと書くのが怖いけど
書きますね。
ボランティアが
避難者のスペースの回りを
除菌スプレーで拭き掃除しているのに
寝転がってスマホに熱中している
子ども。
自分のスペースから
共用スペースにゴミを吐き出すおとな。
物資が少なくなった段ボール箱に
ゴミを投げ入れるおとな。
興味のない物資をぞんざいに投げやって
欲しいものを探すおとな。
ドラマのワゴンセールの光景です。
こういう姿を
子どもたちは目にするんです。
これでいいわけない。
被災して辛いのは想像できます。
でも物資を取りに来ることも
ままならず
一度も着替えられずに
1週間耐えている避難者もいます。
天使たちはそういう方たちを
フォローしてくださっています。
みなさんからの物資は
そうやって活かしています。
ワゴンセールには出品しません。
学校再開後も避難を続けるのは
おもに、家が倒壊したり、
倒壊は免れても
水道が断水したまま、など、
帰る家がない方たちです。
学校再開にともなって
避難者の生活スペースも
集約される予定です。
これを機に
避難者の皆さんが
学校で生活するコミュニティとして
新しい一歩を踏み出せることを
願っています。
【行政に頑張って欲しいこと】
杉山は普段から頑張るということばが
好きではありません。
被災地ではなおさら。
ま。これは言い古されたことですね。
でも行政は頑張らないと。
物資管理の担当は
近隣の幼稚園の先生方→
空白期間(高校生ボランティアのみ)→
高知県からの応援職員→
熊本県の職員
と、移り変わって来ました。
私が最初に来た時は幼稚園の先生方と
一緒に働きました。
それ以来、高知県からの職員が
来ていた時までは
改善に改善を重ね
どなたが交代でいらしても
ある程度、
きちんと運営されていました。
何日か前、
熊本県の職員にシフトしてから
ガタガタです。
なにより、
申し送りが全くされない。
おとなのオムツの件も
全く引き継がれません。
個々の支援にシフトしている
私がたまに現れると
あんた誰?です。
ま。それはいーんだけど。
そろそろ離脱のタイミングを
測ってもいるので
細かいことは言わずにいましたが
我慢が限界を超えたので
今夜は改めて
もう何度もしているお願いをしました。
おとなのオムツのこと。
高校生ボランティアのこと。
学校が再開されるのに合わせて
考えて欲しいこと。
昨夜の担当者にお願いしたことを
また全部お願いしました。
昨日、頼んだことが
申し送られてない。
頼んだことというのは
せめて、しっかり申し送りだけは
お願いします。という内容です。
これができないなんて
考えられない。
時間をかけて
全部話すと、
はぁーいろいろありがとうございます
てなありさまです。
何度も書きますが
オムツのことは
当事者ご本人の生きる自信に
つながる重大事だし、
失敗すれば匂いの問題から
被災者同士のトラブルの種になります。
子どもたちが集まる学校の
衛生管理の問題でもあります。
避難者同士で支えあってる
細やかな支援は
行政にはできないよ。
弱者を支えてるのは
まちがいなく、ああやって
ボランティアしてくれてる
避難者でしょ?
一緒くたに避難者として
できもしない管理をしようとせずに
ちゃんと連携して
避難者の代表みたいな人に
立ってもらって
1日30分でも15分でもいいから
ちゃんと意見交換したらどうですか?
担当者個人個人に言ってんじゃなくて
町役場の基本方針に
いちボランティアが
意見してるだけだから。
ちゃんと上にあげてね。
いまこの現場を担当してる
あなたが、ご自分の実感として
問題にしてください。
問題だと思わなくても
問題だということはわかるでしょ?
おしなべて住民から苦情がこないように
腐心することより、
できないことは
ボランティアと連携してでも、
「弱者を守る」のが
行政の責任だと思いますけど。
またやっちゃいました。
でも、にこやかにおだやかに。
(笑)
きょうはある方の誕生日でした。
買っちゃった(^^)

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杉山 優
5月3日 22:48 ·
【オトナのオムツ】
避難所では女性の生理用品も
子どものオムツも
オトナのオムツも
みんな集積されて
必要なものがあるときは
そこに取りに来ます。
生理用品の整理とレイアウトは
頼れるJKが完璧にこなしています。
前述のとおり。
子どものオムツは
杉山でも対応可。
今度、避難場所にオムツを送るときは
思い出してください。
●新生児用、Sサイズはテープタイプ
●Mサイズはテープとパンツタイプ半々
●L、ビッグはパンツタイプ。
これが基本だと思います。
全て男女兼用。
さらに忘れて欲しくないのは
ビッグより大きいというサイズ。
もちろんパンツタイプ。
これでも
8種に仕分ける必要がありますが、
8つなら可能です。
他はいらないのか?
需要はありますが
8つで全てに対応可能。
避難所で贅沢言わないでください。
さて、本題のオトナのオムツ
需要はあります。
でも気恥ずかしさから
さっと来て、
パッと受け取って
袋ちょーだいといって
そそっと帰っていきます。
裸で持ち歩きたくないんです。
そりゃそうだ。
できる限り袋に入れて渡しています。
取りに来られる方は
使い方を知っていて、
いつも使っていらっしゃるのだと
思っていました。
甘かった。
避難所でのストレスや、
揚げ物だらけの弁当など
食生活の変化、睡眠ストレスなどで
避難所にきて始めて必要になる人が
ほとんどだそうです。
使ったことないから
キチンとした使い方を
知っているはずが
ありません。
使ってみても失敗してしまう。
そのストレスは計り知れませんよね。
俺だったら人格変わっちゃいます。
尿漏れパットを渡していたとき
ある方が
こうやって渡せ
と、使い方を
レクチャーしてくれました。
レクチャーされても
最初はほとんど頭に入りません。
オトナのオムツにも
サイズ
テープとパンツ
男女用
さらにパッド
これにも2回用から6回用まであります。
さらにワイドパッド。
なにがなにやら混乱するばかり。
でもちゃんと理解できました。
さすがプロです。
m(._.)m
避難所へ来てから
オムツが必要になる方は
ほぼ100%の方が
尿漏れパッドください
と、いらっしゃいます。
言われた通り渡していました。
ただし、6回用は車椅子の方優先。
トイレに行くのが大変だから。
このくらいは3日もやってれば
機転をきかせられます。
話が逸れた^^;
レクチャーを受けてからは
パッドを取りに来た人には
レクチャー通り話します。
覚えてしまえばかんたん。
みなさん、へーと言って納得して
パッドとリハビリパンツを
持って帰ります。
リハビリパンツとは要するに紙おむつ。
初めて使うときは
抵抗があるであろうことは
容易に想像できます。
でも笑顔で持って帰ります。
何度も取りに来るのは
気はずかしいだろうから
大袋のまま。
パンツとパッドのデカイ袋を
両手に提げて帰ります。
自信がなくて不安だから
隠したくなる。
でもちゃんとした使い方が
わかれば、自信がついて安心できる。
気持ちが楽だから恥ずかしくない。
正しい知識は
本当に必要だと感じます。
体育館のど真ん中で延々と
下の話をすることもあります。(笑)
ホントに大変なときの
奥の手も教えてもらったので
それでも不安だったら
こうやって!
それでもダメなら
こんなテもあるんだって!
だからまずは
そのパターンで試してみてください!
ありがと。やってみる(^^)
ってなったりします。
ちゃんと教わってよかった。
ありがとうございました。
m(._.)m
ご想像の通り
レクチャーしてくれたのは
天使とマリアです。(^^)
みなさんに頼んで送って頂いた
お年寄り用の下着類。
このお二人に託して
必要なお年寄りに手渡して頂いています
一人分ずつ小袋にいれて
無理しないでね!とか
メッセージをそえて。
(^^)
みなさんからの気持ちは
こうやって被災者の手に
渡っています。
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杉山 優さんが写真8件を追加しました。

広安西小学校避難所12日目

きのうから
全体のお手伝い?をしながら
個々のお手伝いにシフトしてます。
そろそろいなくなるから。

上から目線ではないので
お断りしておきますが(^^)
杉山がいなくても
今ある支援が続くように
フェードアウトし始めています。

そんな中
きょうは第2回足湯が
実現しました。

トラブルだらけ。
杉山が奔走しようとしたら
すでに現地のボランティアさん?
たちが全部手を打って
実現に漕ぎ着けてくれていました。

拍手!

やっぱり行政?はあてになりません。
避難所民営化ってありなんじゃないかと
本気で思います。
行政が入札で運営を任せる避難所も
あっていいんじゃないの?
民営と言ってもボランティア団体だと
思うけど。
ボランティアで金儲けする人たち
いそうだから
正しい団体を選ぶのは
入札じゃできないかもしれないけど。
第3回の実現はやはり困難極まります。
頼れる地元のボランティアさんに
託してきました。
このお二人とつながったことが
いちばんの収穫。
唯一、
足湯を継続させられる人たちです。
簡単ではないです。
踏ん張って頂きたい。
この場を借りて

宜しくお願いしますm(._.)m

結果的に杉山はなにもしてません。
(^^)
しめしめ(笑)

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嵐のような天候の中 教室が足湯ルームになりました。 この部屋には笑顔がたくさんあります。 反面、涙もあります。 口にできなかった心情を ボランティアさんに話して 涙腺が緩むんでしょう。 心の傷って ホントにあるんです。ね。
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避難所から自衛隊の炊き出し部隊が 撤収しました。足湯をするほどのお湯が 手に入らなくなりました。 せっかく動かした自衛隊も 撤収されたんじゃ頼りになりません。 頼りになる地元ボランティアさんが 近くの避難所と話をつけて そこの自衛隊からお湯をピストン輸送。 ステキです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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杉山 優さんが写真2件を追加しました。

広安西小学校避難所11日目。

朝、寒くて5:30に起床。
テントの中でストーブ使うと
暑いくらいになるので
空気を入れながらぬくぬく、寒々と
コーヒー。

メールの返信に2時間くらい。
幸せな時間です。

とことこ歩いて
目の前の避難所へ。

久しぶりに髭剃ったら
みんな俺のことわかんないみたい(笑)
おはようございますのリアクションが
いつもより1秒遅い(^^)

午前中は
ご近所のご自宅へ。
余震で瓦が飛んでくるのが
怖いとおっしゃるので
大道具叩き屋モードに変身(笑)
コンパネの壁とドア
これで安心できるなら
この上ない幸せです(^^)

避難所に戻ってからは
ちょいちょいヤなこのとも
ありますよ。
書くのやめときます。

飲んだ時にでも
愚痴聞いてください(笑)

今日一のハッピーは
おじいちゃんのお話。

寝たきりではないけど
ずっと横になってるおじいちゃん。

よく、話すんだけど
笑いがない。(笑)

そして、毎朝毎晩、顔を洗えるわけじゃないので
顔は

先日、日焼けしてしまった杉山の
頭皮のようにカッサカサ。(笑)

ウェットティッシュと化粧水を渡して
使い方レクチャー(^^)

ちと潤いました(^^)

隣の娘さん?

娘)どうする?いい男になっちゃったよ

爺)にた〜(^^)

杉)心配するほどいい男じゃないよ!

3人で爆笑。(^^)

じいちゃんの笑顔、
久しぶりに見た。

こんな笑顔で笑うなら
明日からもっとイジったろ(笑)

写真撮って載せたい笑顔です。(^^)

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余震で隣家の屋根から瓦が飛んでくるのが怖いんだとおっしゃってました。こんなんで気持ちが落ち着くなら いくらでもやりますよ〜(^^)
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叩いたの20年以上ぶり⁉️(笑) まぁいけてるでしょ?^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

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高校生イケメン2人組。
みんなを取りまとめてくれてる
リーダー?君と
2年生。
みんな最初にあった頃とは
顔つきも動きも全然違う。

あんま変わんない子もいるのは
ご愛嬌。

行政は彼らを
使えるボランティアだと
おもってる。

と、おれには見える。

かれらも責任感をもって
やると言っているし
必要なことは伝えました。
ただの兵隊だと思わずに
キチンと敬意を持って
接して欲しい。

と、面と向かって
行政に言いました。

でも時間が経つと
彼らを顎で使うひとが出てきます。

かれらも100点ではないですよ。(笑)

でもやはりここはおかしい。

本部付きの人が
俺にごみ集積所の場所を
聞いてきたりします。

俺がゴミ集積場所の数を聞いても
答えられません。

役割分担と
横の連携。

どんな小さな組織だって
そこから始まるんじゃないのかな。。。

そういうのまったく感じられません。

細かく書くと
本になっちゃうから(笑)

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みなさんからのご寄付で購入した物資が
届き始めています。
活かします!

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杉山 優さんが写真2件を追加しました。

こういう心に気づかないほど
被災者は疲弊しています。

と書けばカッコがいい?けど、
手書きの心を受け取れない人は
疲弊しているからばかりでは
ないと思う。

もぅ書いたかな。。。

避難者がものを取りに来た時の一コマ。

このジャージなんで上下揃ってないの?

コレ支援物資ですから。
バーゲンじゃないんで。

文字通り、ちょっと恥ずかしそうに

黙って引き上げて行かれました.

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あなたが生きている世界とあなたが死んだ世界

未来を開くカギは私たち一人一人がその内側に握っている。

生きるということは、そのまま、希望だ。
希望が途絶えると私たちはただの動きまわる肉になってしまう。

外側の世界ばかりに意識が行くと
自分との関わりを忘れてしまう。
このうっかりにはどんな上級者も気をつけなければならない。

あなたが生きている世界と
あなたが死んだ世界。

それだけで世界は違っている、ということを
あなたはすぐに忘れてしまう。

あたかも世界はあなたの外側で作られ
あなたを取り巻き
あなたを翻弄している、と
あなたは世界を認識する。

本当は、
あなたが存在しているから、
今世界は、こう。

そう思って世界を眺めよう。

良くないことも良いことも、
すべてあなたが関係している。

どちらか一方ばかりが気にかかるときは
あなたの視界は傾いている。
あなたが立ち直ればいい。

あなたは世界のすべてと関わっている。
こんな世の中、作った覚えはない。
自分はこんなことは絶対にしない。
自分だけはこんな人間にはならない。
そう思ってがんばってても

こんな世の中にしちゃったのは
全部自分のせいなのね。
全部私が悪いのね。
と、自分にがっかりしていても

世界はこうあり続ける。

こんな世界、望んでいないはずなのに、と気づいたら
自分がなにに栄養を与え、自分の中のなにを育てているのか
見直してみよう。

無意識に自分の中に育てている思い。
必ずそれが世界として姿を見せている。

無意識の記憶。
それは幼少期や、過去世の体験の中にある。

記憶を思い出すのは、ストーリーを知ることとは違う。
それは、自分の中にあるエネルギーを知ることなのだ。
今そこに蓄積されていて、
波動を出し続けている、つまり生きて効力を発揮している記憶を見直す。

それはあなたに見つからないように
あなたの気持ちと同調しながら
あたかもあなたそものであるように
パワーを発揮する。

あなたは、そのパワーが作り出すものが自分なのだと思い込んでいる。

けれどそれは断じて違う。
それは本当のあなたではない。

人間はストーリーを重視する生き物だ。
私がこうで、あなたがこう言った。だから私はこう反応してこうなった。
だから、私がこうなっているのは、あなたのあれが原因、とストーリーはしゃべる。

それは思考の領域。
この領域で原因をいくら探して見つけたつもりになっても
絶対に世界は変わらない。

それは表層意識の、浅い納得しかくれない。
実際はパワーを持たない。

では何が私を構成し、世界を作る効力を持っているのか。
それが、エネルギー。

人間の三次元世界では、体感的記憶がそれを握る。
無意識的、体感的記憶が、今自動的に働いて
あなたの世界を作り続ける。

だから、あなたの中身を知ることなのだ。
すべてはそこから始まる。
創造は。世界は。人生は。

この真実に出会うまでは
たとえるなら、古いプログラミングを消化するための人生。
それはそれで、必要と言えばそう。
だけど、その人生は創造主とは切り離されている。
孤独で危険で不安で、悲劇的だ。

真実の中で生きることを選ぶと
私たちは宇宙の中枢とつながり
護られ、運ばれ、生かされる感謝の中で
生きるようになる。
次第にその世界の住人となる。

新しい世界はいつか、常識になる。
世界はこうなっていたんだね、
昔の人はこんなことを知らずによく生きたね、
わたしムリ~とみんなが言うようになる。

そのために私は痕跡を残そう。

私の体験の記憶の中に。
あなたの体験の記憶の中に。

真実を知ってください。
そして、体験して
それを生かして
人生を作ってください。

その選択が今、世界を作ります。