映画とオラクルと瞑想と至福

みなさんこんにちは。一か月以上ブログを書かないなんて、2002年に始めて以来だったかもしれません。

改めまして、前回勉強会にいらしてくださった皆さんありがとうございました。なんというか、本当にいらしていただいて交流できたことを改めて幸せに思います。人生の価値って、こういうふうに深く(というのは心の深くでという感じ)触れ合えることなんだなぁと味わっております。

同じような思いをセッションを受けてくださるお一人お一人に感じることも、最近頓に増えています。宇宙から魂を見たとき、しるしはそういうところに深く刻まれるのだろうなと感じます。地球での学びの意義に満たされた日々です。いつも気づきをともにしてくださるみなさん、本当にありがとうございます。

こうして書いていても胸と鼻の奥にこみ上げてくるものがあります。

先日、「遺体」という映画を観ました。私と夫は数少ない趣味がだいたい一致していて、休日は家で映画鑑賞、というのは沖縄へ来てからの定番です。最初はPCの画面で見ていたのですが、ある時プロジェクターを買ってから、ウィークエンドシアターは壁に映して観ています。

車で片道30分近い道のりを出かけて行って、ひとり一本を選びます。これが実は、オラクル(神託)カードを引くような塩梅なのです。「今の私の気分にフィットする内容」とか「今の私が癒される内容」とかいうふうに意図してよーいどん、と店内を歩きます。手に取って、しっくりくるとか、ストーリー、監督、出演者などをチラ見してみて、しっくりくる一本を選びます。

観てみて、やっぱりね、とか、なるほど(今の自分って、こうだったのね)という具合に気づくこともあります。思考で狙いすぎると大失敗することもあります。

また、意図して二人でオラクルしているので、相手の状態に気づく手立てにもなります。あれ、ちょっと、疲れてるかな、とか、バランス崩してるかな、なんてね。選ぶ食べ物とおんなじくらい、選ぶ映画でエネルギー状態を読めますよ。

二人で見始めた頃は主人はほとんど「演技」なんていうものを知らなかったので、かわいい子が出ているほうがいいだろう、みたいな観点だったはずなのですが、いつの間にか見る目がどんどん肥えて「今日の誰誰の演技が弱くて全体のバランスが…」とか「ここだけ急に役者に戻っちゃってて…」みたいに言うようになりました。なぜ感動するのか、どこに感動するのか、何が足りていないのか、どうしてそうなってしまったのか、など、見終えてからこんこんとしゃべる私によく付き合ってくれています。

また、私は一本見終わった後、ほぼ必ずその映画について気になったところを勉強します。歴史だったり場所だったり、もしくは作り手、出演者などのバックボーンをググって、ああ、だからか、とかなるほどね、という具合に。これは例えばレイキのようなエネルギーワークにも当てはまりますが、先に手引き書をいくら読んでも頭に入ってこないのですが、体験や実感を得た後ですと、それにまつわる知識はぐんぐん頭に入ります。

私はせっかく大学で芸術、演劇を学んだのですが、当時はからだを動かして訓練することや表現することに夢中でした。学業を終えて数年してから今度は急に勉強し始めて、「なんだ、ここに書いてあった」「ああ、こういうことはみんな先人が体験済みだったんだな。先生の言ってた通りだ」なんて納得したものでした。

結局のところ、自転車についていくら知識を入れたところで乗りこなすにはいつか乗って漕いで、転んで体で覚えなくてはなりません。人生もおんなじです。体験が、学びです。

さて、「遺体」に戻ります。これは西田敏行さん主演の、東日本大震災当初の遺体安置所のお話です。実際の取材に基づいています。でもこういう映画ってだいたいにおいて、わかりやすく、感動しやすいような作りになっていて、さらにそういう意図が見え見えになっていたりすることが多いので、私の最終選考にいつも漏れていたような次第です。

しかし内容は想像を超えて、とてもリアルでした。描かれていたのはしかし、その悲惨さなどではなく、愛でいることの出来るたったひとりが差し出すものがその場を天国に変える、ということでした。愛でいることがとても自然で当たり前のことであればあるほど、周囲を自然に照らし、自然に周囲から光を引き出し、導くのだということ。しかしその自然のちからの威力は莫大で力強く、私のハートは最大級に揺さぶられました。

「重いんですけど・・・」と見る前から気乗りしなかった夫も、見終えるといきなり「瞑想するか」と言って、観たものをかみしめたようでした。祈らずにいられなくしてしまう、荘厳な命の尊厳にただただ圧倒されるような、そんな作品になっていたと思います。

全ての方におすすめ、というわけではありませんが、迷っている方はぜひ^^

さて、瞑想に入ると、あらゆるいのちの尊さが押し寄せてきました。セッションを通じて私とつながってくださった方々の顔が次々に現れもしました。ただただ感謝が押し寄せ、涙と鼻水が流出し続けました。実は少し前から、至福を体験させてください、とヨガナンダさんを通して神さまにお願いしておりました。この世の本質は至福、だそうです。目覚めるということは、無限の至福の中にいること。私はようやく意識と宇宙の仕組みがわかってきて、感謝を体験させていただけるようになったけれど、至福ってどんなんだろうな、その片鱗でも教えてほしい、と、思うようになってから、なんというか、その片鱗が出てくるようになりました。

私たちはいつも、愛の中にいます。私たちの中に愛があるのではなく。肉体の中に魂があるのではありません。魂にくっついているのが肉体です。私たちの内側には内なる神がいます、とみなさんにお伝えしていますが、すべてが神の中に在るのが本当です。そのことを意識するにはただ全部愛だ、と思っても実感に乏しいかもしれません。でもいつも内なる神とともにあって内なる神を通してすべてを体験するようになってくると、実はすべては神の中にあったんだ、ということが理屈じゃなくわかるようになってくるのだと思います。そっちが真実です。

真実はいつも私たちに優しい。優しさをたくさん、地上に見いだしましょう。

魂のふるさと

◆facebookにアップした長めのつぶやきに加筆、編集しました。

玉川大学の演劇専攻の恩師が玉川大学公演『ミュージカルヨセフ』(1985年3月8日 町田市民ホール)のラストシーンとカーテンコールの動画をこっそりfacebookにアップしてくださった。

私が入学する直前の公演だったので直接は関わっていないが、出演者はみなさんよく知る先輩がた。
演劇専攻は当時、1学年30人ほどの少数精鋭の、大学のイメージとはかけ離れた小さなコミュニティーだった。

なにかきっかけがあると、ヨセフのナンバーを誰かが歌いだし踊りだし、そのときのエネルギーがぶわっと蘇る感じによく触れた。
私たち1年生はおいてきぼりだったけど、自分たちが演る番になれば、先輩たちの空気と気持ちが直にわかるようになった。

伝説の『ヨセフ』。

今また、ブロードウェイから日本に来ているという。
しかし日本での初演はこの、わが恩師の翻訳と演出の、この作品。

facebookではいいね!の欄に、にわかに歴代の演専生の名前がずらっと並ぶ。
コメント欄は、当時の声が聞こえてきそうな会話でいっぱい。
私も思わずコメントに加わる。
後輩なのでちょっと恐縮しつつも、黙ってはいられない(笑)。

演劇おそるべし。
芸術おそるべし。
一瞬にして時空を超えて、一つの世界を作ってしまう。
30年以上が経過しているのをものともせず。

思わず、その頃のあまりの最高さの気分にまかれて、今がよくわからなくなった。

なんで毎日、政治のこと、戦争のこと、基地のこと、原発と放射能のこと、難しい社会問題であたまがいっぱいなのか。
演劇さえあれば、この世は天国なのに、という切ない感覚がよぎる。

演劇が、というよりは、当時の純粋な、自分という枠を超えてただ良いものを仲間と一緒に創ること、だけに専念して携われた演劇が、私にとってはかけがえがなく最高だった。

演劇のなかでも新劇、現代劇の基本となっている芝居は、左翼的というか、反体制的な色合いを持つことが多い。
それは本質的に演劇というものが必ず「対立」を描いているものであり、人間界における対立というものは、自分と恋人、自分と親、子、などごく身近なところから始まり、自分と社会、国家、歴史、自然、運命など大小さまざまな対立と昇華、そして和解(融和)という構図によって描かれているものであるということと、その対立の中でも個ということろに寄り添い描かれ掘り下げられるのが芸術や表現の役割であることからくると思う。

つまり芸術とは、人間とは何か、の探求そのものなのだと思う。

しかし時代によっては演劇やそのほかの芸術、言語表現などが国家権力によって規制され、体制側の宣伝、洗脳に使われることがある。
日本では先の大戦の時があからさまにそうだった。

そして、今。再びその色合いが強まりつつある。

演劇人の多くは非戦を心から叫ぶ。
それは、人間の探求は人権と平和、精神の自由あってこそ本分をなせるということを、その歴史も含め、身に染みて知っているからだろうと思う。

役の人生を深く生きることで表現するということが、人の潜在意識を豊かに創りかえる。
深い共感、その人の心が自分の心とひとつであるかのうような超感覚を体験する。
それは愛を生きることそのものだ。
それを客体と分かち合うのが演劇。

有史以来戦争が地上から消えたことはなかった。
しかし有史以来、演劇が消えたこともなかった。
人間の心が消えたことも、愛が消えたこともなかった。
どんなにいびつななかにも、その種を授かり、育て、引き継ぎ続けてきた。
私たち人間は。

苦しい時代こそ、歌があり、真実の言葉があり、踊りがあり、それが人の心に明かりを取り戻させてきた。
その歌を、言葉を、踊りを、心を取り上げるために利用するような世の中はまっとうではない。

私たちは貧しくても、苦しくても、心豊かに生きる権利と義務がある。
なぜなら、それが、人間だから。
私はそう思う。

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愛についての一考

もう本当に前のことになりますが、黒柳徹子さんがテレビで著名で博識な方の追悼番組のなかで、こんなことをおっしゃいました。

『これほどの知識と教養を学び身につけられた方が亡くなるって、本当にもったいなくて残念です。私は常々そういう知識というものはその方が亡くなるとどこへ行ってしまうのだろうと、本当に思うんです。』

それを聞いたとき私は、本当だ、と思い、それから折に触れそのことについて考えました。

考えてみればそれは知識に限らず人間の感情や感性や才能、すべての内的体験において言えることです。形をなしたものは形としてある程度は残りますが、形なきものはどうなるのだろう。

私にとってそれはとても重要なことに感じられました。

私が人生で初めて存在をかけて取り組んだものは演劇でした。演劇のなかにその答えは見え隠れしています。演劇に込められるエネルギーというものは莫大です。ですが、それは時間とともにあとかたなく消え去ります。劇場に装置を作り、専用の衣装を縫い、照明機材を釣り込み、役者はその役にいのちを吹き込み、準備をします。

時間のなかでそれを遂行し、なし終えるとすべてを解体し、劇場をからっぽに掃除してそこを去ります。

そしてそれは観客という対象者が現れるまでは作品として成立しません。『演劇とは舞台と客席、演者と観客との間に成立するものである』と、大学の授業でも習います。この概念は、私たちをハッとさせます。それは人間の人生そのもののようです。

私はそこに、限られたいのちそのものを感じます。その中で私たちが全力を注ぐべきものとはなんなのだろう、と考えないわけにはいきませんでした。

大学での芝居づくりは本当に魂を奪われるほど魅力的でした。私は演技が学びたくて演劇専攻へ行ったのですが、図らずもさらに偉大な学びがそこにありました。すべてがあった、と言っても過言でないほどです。

舞台の仕込みのためによく、モグリと言って、こっそり学校のスタジオで徹夜することがありました。そういうイレギュラーな作業が当たり前でした。疲労は極限に達します。そこでそれぞれの人が様々な反応をし始めます。イライラとか、怒りとか、そんなのはもう当たり前、序の口です。そこには厳しい上下関係もあります。2年生以上はキャストとスタッフを兼ねていますし、一年生はキャストにもつけずにひたすら作業になります。どちらも辛いのです。

好きでやっているのは当たり前ですが、それぞれが自己の未来と自分の度量を図りながら真剣勝負をしていますから火花も散ります。

そんな状態での作業には事故もつきものです。劇場にはおばけがいる、というのは普通に言われています。大きな劇場に行くと必ず神棚が祭られています。私たちも芝居の本番前には全員で祈りを捧げるのが普通になっていきました。

作業が深夜に及んでくると起こる現象としてとして、当時演劇専攻の一番の長老だった、今では有名な声優の大場真人さんの名前を、ちょっと狂言風に言い合う、というのが思い出されます。誰かが「おぉおば」と言うと「んまひと」と応じます。そういうのが、あうんの呼吸で起こってくるわけです。もう、ランナーズハイというか、トランス状態みたいな感じで。

そういう時間にだったと思うのですが、ある先輩が「芝居は愛だ」と宣言したのです。「おぉおば」「んまひと」とかのノリで。

すると先輩たちが「そうだ、愛だ」と応じました。「愛だ」「芝居は愛だ」「芝居は思いやりだ」「そうだ」「思いやりだ」という感じです。なんだか、そのとき感動していました。それくらい偉大で壮大なテーマのもとにこそ、われらは今ここに集ったというような、それがそこにいる人びとのなかで一瞬つながり共有したような感覚がよぎった気がしたのでした。

私はその時1年生でしたが、それがきっと真実からの答えなのだと感じました。そしてその後の体験の中でその真実に出会っていくことになりました。

1980年代後半という時代でした。

当時はまだ、愛と言えば男女の恋愛、というのが普通の認識だった時代のように感じます。向田邦子さんの小説なんかにも「愛」という言葉はこそばゆい、という表現がありました。親子の愛すらまだ愛とは呼びづらかった時代のように思います。

文明開化の時代から、「芝居は魂だ」という教えはありましたが、このころ「愛」という意識のグリッドが地球で再形成されたのでは、と私は感じているのです。

さて、冒頭の徹子さんの設問です。

蓄積された知識と教養はその人の脳みそとともにこの世から消えてしまうかもしれない。けれどもその叡智への探求のために費やされた努力や献身やその根底に座する愛という体験の記憶は、この宇宙の意識に明瞭に刻まれ永遠に消え去ることなどないのだ、と私は知っています。

舞台美術や衣装やそれを照らす照明の光や、登場人物たちが織りなすドラマまでもが一夜にしてこの世から消え去ってしまってなお、そこに吹き込まれたいのちの息吹とそれを共有し心を震わせた人びとのその愛の振動は、宇宙という無限の意識の中に刻まれ、またいつかどこかで産声をあげる誕生のその時まで、その一隅を照らし続けるのです。

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清く正しく美しく


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清く正しく美しくって、愛のことだったんだ、と
これを見てわかりました。

この方の歌のすごさって、
愛ってこれなんだよ、って
かたちにして差し出すことができることです。

こんなふうに明確に
愛を差し出してみせることができるって、
まさに芸術だし表現の究極だと思います。

できたらヘッドホンで聴いてみてください。
何度でも、細かいところから
愛が流れこんできてしまいます。

お礼とごあいさつ。

今久しぶりにPC触ることができました。
前回のお知らせは、おめでたいニュースでなくて本当にわたくしごとで申し訳ありませんでした。

でも父の訃報を受けて多くの方が心を動かしたり、子供の頃など胸に刻まれた思いなど、もう一度引き出してくださったり、そういう動きを全身に受けて、昨日はかつてない内的な体験をたくさんしました。
本当にありがとうございます。

家族が人生を投じて愛し、守ってきた父が、多くの方の中に生きていてくれたのだということを目の当たりにする体験ができたことは、この地球で受け取ることのできる最大級の贈り物です。
母と3人きょうだいの私たちとそれぞれのパートナーはそれを大事にひとつひとつ紡いでいるところです。

率直な今の私の状態としては誤解を恐れず正直申し上げますと
「人類に対する興味と魅力がちょっと目減りしてしまったような残念さと孤独と疲れ」
を感じています。

晩年の父は私にとっては本当に、魂の父でした。
父の世界観の中で私は自由でした。
そういう存在とこの世で巡り合う幸運に、人間はなかなか出会うことができないのではないかと感じています。

そういう喪失感のなかで、なるべく心静かに、そして最大限フル回転で、今生の浮世の義務と向き合っております。

実際現段階では、まだ乗り越えなければならないこと、向き合わざるを得ないお題がいくらかあります。父と家族とで、これまで探し行ってきた自分たちの生き様にふさわしい選択をひとつひとつしていきたいと、努力しております。

かかわったりお目を煩わせてくださったりお心をかけてくださったみなさまに、精いっぱいの感謝をささげます。

私的ですが重要なお知らせです。

実はわたくしごとですが、重大なお知らせがあります。
今は言えないのですが、ぜひ明日8月6日発売の『東京中日スポーツ』をご確認ください。
できましたら一人でも多くの方にご覧いただき、お手元に置いていただけると大変嬉しいです。私からのお願いです。よろしくお願いいたします。

琥珀に封じ込められた夢。


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今年は少し咲いています。デイゴです。
今年は少し咲いています。デイゴです。

前回のブログに美輪さんや江上さんこのことを書いたら、先週我が家に遊びに来てくれたアンチエイジングの鬼こと勝田小百合ちゃんが、ちょうど同時期美輪さんの舞台に出ていたということを教えてくれた。江上さんはじめ、共演していた数人の役者さんが出ていたので観に行った『葵の上・卒塔婆小町』の初演に出ていたそうでびっくりした。その時まだ私たちは出会う前だったが、どの女優さんだったかもちゃんと思い出すことができた。まさに縁の糸はここにも張り巡らされていたというわけだ。20年近く前のことになる。

私が出ていた江上さんプロデュースの舞台では、私はなんといっても高橋広樹と仲良しでいつもべったりとくっついていた。なぜなのかよくわからないし、本当に公演の期間だけのことだ。彼も確か江上さんのクラスの出身で駆け出しのまだ所属も決まらない純な男の子だった。テレビを見ないので、彼が声優として活躍しているのをネットで知ったのは割と最近のことだ。mixiで『アズさん高橋広樹さんと知り合いなんですか?すご~い!』なんて言われて驚いた。

演出なさったのはドラマの名監督の故・土屋統吾郎氏でとても可愛がってくださった。監督は私と広樹くんを「あの2人は愛し合ってるな」と言ってみたり、私の相手役だった方と私を「昔のショーケンと桃井みたい」とおっしゃったりして面白がってくださったように思う。広樹くんは当時ミュージカルが好きで、私にミス・サイゴンの全曲と彼の選曲したミュージカルナンバーがB面に入った90分テープ2本組をプレセントしてくれたりした。おかげで私は今も『ひとりミス・サイゴン』ができる。

ちなみにこの舞台を観に来てくださった美輪さんは後に江上さんに対して『あの晶子を演った子(私のこと)、ジャンジャンで私に「よくわかりました」って言った子ね。私なら晶子をこう演るわ』って結構真剣にお話になったそうだ。「美輪さんがあんなふうに言うこと滅多にないよ。」と、興奮気味に江上さんが教えてくれたのも感慨深い思い出だ。(そうなんだ。私はジャンジャンの美輪さんのライブのあと、楽屋で握手してもらいながら「よく、わかりました」と言ったのだった。)

この頃のこういう昔話を思い出すのは当時の未熟な自分の記憶とセットだから冷や汗ものだ。本当は面白い話が山のようにあるのだがなかなか書く気になれない。20年なんて本当にあっという間で、傷とは言わずとも当時の生々しい記憶の肌触りというのはなかなか風化しないものだと思う。みんな見えない未来に向かって手探りだし役者というのは向こうから吹いてくる風を棘のように身体に刻むのが仕事のようなものだ。刺さる棘を紡いで物語を語るのだ。そんな人達が何十人集まってむき出すものを持ち寄って芝居を作るのだから、何十年もうなされる夢のようなものの澱がからだのどこかに残るのは当たり前だ。それをも私たちは笑って話せるようになるけれど、笑って話せるのとその澱が風化するかはまた別の話だ。奇しくもこの芝居のタイトルは『琥珀の夢』という。当時決して成功とは言えなかった舞台だと思うが、私の中ではなんとなくあの記憶こそが琥珀の夢だ。ある次元でなにかしらの真実を紡いだのかもしれない。

今のように潜在意識というものを探求する以前、演劇ばかりをやっていた時代から、私は芝居を『潜在意識の紡ぐ夢』だと定義していた。芝居を観に行って、面白いと思うかどうかというボーダーラインは、潜在意識に届くか届かないかの違いだと思う。芝居はストーリーではなく、その場のエネルギーを紡ぎ、そして客席を波立たせ、そして同調させる。舞台はある波動を作り出し、高いエネルギーで客席を引き上げるのが仕事だと思っていた。それはとても僭越で烏滸がましい行為なのだ。だからこそ役者は謙虚に稽古を繰り返し、自己のエゴを神に献上して役に降りてきてもらう。古来演劇は神に捧げるものであり劇場には神の座席を作った。芸術が観客のニーズに応えるためにあるのではない理由もそこにある。神の遊びの中で潜在意識の記憶を発動し浄化し気づきと奇跡をもたらすのがその役目である。

『ゆれる』と『マリアたち』について。

前回の続きを書くつもりだったのですが、おやすみします。社会問題も気がかりですし、言いたいこともあるのですが、今日は映画のこと。

元々は役者をしてましたし両親も芸能関係の芸能一家で映画は好きとか言うレベルではないほど好きでしたが、意識の探求をするにつれて尋常じゃないレベルからは離れました。それでも映画は週に数本見ます。

いい映画にもちょいちょい当たります。一番最近では『ゆれる』という西川美和監督の映画は抜群でした。2006年作品。主演がオダギリジョーさんということで敬遠するところですが、その他のキャストが面白すぎだったので選びました。オダギリジョーさんはいい映画に出ているんだけど毎回いまいちな物足りなさを残すので。ですが今回は初めて及第点。手足の長いスタイリッシュな男の武器のだめな使い方というのが見事に出ていてよかったです。悪口みたいですけどそうではないです。自分の持ち物に頼って或いは無視して演技している間は持ち物の良さを結局は使いこなせないのですが、それを客観的に理解できるとそれを使いこなせると思います。この映画ではそれがうまく機能していたように思います。香川さんと絡んでいてきっと、気づいたところも多かったのではないかと推測します。

圧巻は香川照之さんのいちいち絶妙な演技で、こんなにも一言一言に緊張する作品は久々でした。久々にこういう映画の見方をさせられました。昔、子供の頃はこの緊張感を味わいたくて映画を見たものです。ひとつのセリフをこのトーンで言うか否かで、その人物像がどう刻まれるか決まります。そういうふうに役作りをみんなしなくなっていて面白くないのですが、本当にビタイチ聞き逃したくないと思わせてくれる演技で、後から、あの時その人物がなにを思ってそのように言ったのか、どの心情でそんな風に言ったのか、走馬灯のように遡ることができるような見事な芸術になっています。映画は娯楽ですが、人間の心、エゴの探求にはもってこいの教材です。というか、教材になり得るようにしっかりと人間を観察して作ってくれたら映画全体がぐっと面白くなると思うのですが。

こういう撮り方をする西川美和さんという監督はきっと、こういう映画の楽しみ方が好きなのではないかと勝手に共感します。ストーリーがサスペンスだと、火曜サスペンスか土曜ワイド劇場でよかったんじゃないかと思えてしまう日本映画が多いのですが、こんな風に作ってくれたら映画って素晴らしいと思えます。

見終わってから、『ディア・ドクター』を撮った監督だと知ったのですが、あれよりもこちらのほうが傑作に感じました。他の作品も楽しみです。

この少し前にとっても良かったのは『屋根裏部屋のマリアたち』という映画。フランスが舞台でフランス人とスペイン人が主役。最近ハリウッド以外の良い映画を観て、もしハリウッドだったら、とイメージしてみます。優れたハリウッド映画って、映画の見方、観客の視線も全部決められていて、本当に何にも考えず、想像せずに見ることができます。それ以外の良い映画は全く違っていて、捉えにくかったり、知識や背景に対する興味が必要だったりして、ちょっとずつ紡がれていって気がつくとハートの中で世界が熟して感動しているような感じ。ハリウッドには好きな役者さんがたくさんいますが、ヨーロッパの映画では「この人本当に役者なの?」「こんな普通な感じの役者さん、よく見つけてくるよ」というような役者の層の厚さを感じます。調べると舞台をやり脚本も書いている、なんていう役者さんがごっそり出ていたりして、そうだよな、そうでないとな、と思わされます。

日本の役者さんがタレントさんになってしまって年月が経ち、年配の修行を積まれた役者さんがどんどん亡くなっていくのはとてもさびしいものです。

人間が人間として普通に豊かに生きることをちゃんとやるには人間としての探求や訓練が必要です。そうでないと人間は人間にもなれない。私は語弊を恐れずそう思う。役者というのはそのスペシャリストでもあってほしいものです。そうでない役者はおもちゃです。

日本がおもちゃの国にならないように、本物の人間が作る、神が微笑む集合体であってほしいと心から願います。

つぶやきました

先日フェイスブックにつぶやいたつもりが長くなって、せっかくなのでこちらにも上げておきます。推敲していない文章なのでお見苦しいところもありますが、以下転載。

☆彡☆彡☆彡

映画、『戦場のピアニスト』を公開時に映画館で見て以来11年ぶりにDVDで。
改めて本当にすごい映画だと思った。
二度目だし、シーンやセリフも結構覚えていたけれど、それでもすごく緊張しながら見た。
冒頭から、あれよあれよと市民が戦争に巻き込まれていく感じがあんなにリアルに描かれているものは少ないと思う。
ユダヤ人がじわじわと逃げ場を塞がれていき、まさかそこまで、まさかそこまで、そんなに長く続くわけがない、と思っているうちに収容所へ送られる。
収容所が今より良いところなのかどうかもわからないまま。
その場で射殺は当たり前。
抵抗も、質問すらもできなくなる。
完全なる家畜。家畜以下。
心や尊厳を持つ人間が、心や尊厳を持つ人間をそのように扱い、当たり前にことが進んでいく。
終戦を向かえると、支配者だったドイツ軍は捕虜になる。
心あるドイツ人も同様に収容される。
本当にクレージーなことだけど、人間は追い込まれるとああなる。
個々がどうであれ、ああなると思う。
勇気ある人や、心ある人は即殺される。
追い込まれてからでは遅い。
いったん戦争になると、平和な良識なんて全く通用しない。
憲法を国家の都合のいいように変えるのも、国民に秘密を作る法案も、結局は人間が尊厳を失う道に続いている。
家畜以下の道へ続いている。
まさかそこまでは、まさかそこまでは、とずるずる後ずさりをして、地獄へ落とされる。
殺す方も殺される方も結局は地獄だ。

これは酷い、市民や子どもの生命をどう思っているのか、と日本の現状に疑問を持っている人は多いけれど、生命のために政府が動くのであればもうとうに、まったく違う方向へ動いているだろう。国家は市民や子どもの生命を守るためにはまったく動いていないということに気づいて認めなくてはそこから先へは行けない。

憲法改定で、内容次第ね、という考えは一見正論だけど、本当は違う。
国家が国に有利に変えるということは市民にリスクが来ることと直結している。
政府は実利のない無駄なことをわざわざしない。
世論を騒がせるようなことでは特に。
例えば今は少しお金が増える人もいるだろうけど、そのうちに家族に地獄が入り込んでくるだろう。

秘密保護法って言われたら、終わった、と思わなくては次に行けない。
権力は被権力に対して隠したいことだらけだ。
そんなの当たり前だ。
とうとうそれをあからさまにやろうというのだから相当本気だということだ。

私たちひとりひとりがどんな意思を持つか、それが大事だ。
一番いいのは認識を共有することだ。
現状を把握し共有することだ。
そうしなければ、力を合わせることができない。

力を合わせなければ大衆は権力の流れに抵抗することすらもかなわない。
主義や方法ではない。
まず現状起こっていることを観て、それを共有することだ。
共有するためには知ること、考えること、そして伝えることだ。
伝えあうことができるのもいつまで可能かはわからない。
でもそれしかない。

Favorite Things

みなさんこんにちは。
人生できる限り正直にあるがままに生きたいので、できるだけ遠慮なくぶっちゃけて書いていきたいと日々思う私です。わりと控えめで臆病なので色々なことに気を回してしまってわりと見えない制限を自分で加えていることによく気づきます。たかが私の個人のブログなのですが。

うちはテレビを見ないのですが、プロジェクターがあってそれで家の壁に映画を上映して鑑賞しています。私は元々映画好きです。私の母は結婚前、あの時代に週に6本見ていたと言っていました。父は職業柄家ではいつも真剣に映画やドラマを見て、そして文句を言ったり本気で怒ったり、感心したり、子どもの頃から家の中で批評を聞かされて育ちました。

よく思い出すのが山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」をテレビで見ていた時に父が「しかし桃井かおりって女優はうまいな」と言ってどこがどんなふうにすごいかという話を私にしてくれたことです。その時父は桃井さんの「ねえそれじゃ、夕張まで行かない?!」というセリフを例にとって解説していました。こういうことを詳細に覚えているところなど(妹もそうだと思うけど)本当におかしなことだと思いますが、こんな感じで私の役者の血は大人になるまでにどんどん熟していたわけです。

私はすでに桃井ファンだったので、自分の価値観が認められたように嬉しくて内心うわぁという気持ちでした。父は新劇出身の、スタニスラフスキー・システムの申し子のようなくそ真面目な役者さんだった(と私は思っていた)ので、そんな父が桃井さんの変則技に心底感心しているのを見て目からウロコのような嬉しい気持ちでした。

しかしいつもこんなだったわけではなく、父がテレビを見ている時は私たち子どもは音を立てたり喋ったりしてはいけないルールがあり、子供らしく騒いだりすることは許されず、もし父の気に障った時は力石徹のあの声で凄まれたりして本当に怖かったものです。力石徹のあの声、リアルに怖いですよ。父は常に本気ですから(笑)

少し前に私の演劇専攻時代の先輩であり同級生である(留年して同級生になったわけですが)Sさんがうちに来てくれて、ナカムラミオ(当時の私)とはどんなやつだったかということを真剣に論じてくださいました。すごく真剣で鋭かったのでもう私の半生を統括してもらったような面白さがありました。その中で、なぜ大学生の当時からあんなにも自分の世界が確立されていたのか、という点を論じられた時に振り返ったのは、やはり父のあの芸に対する真剣さ、芸(表現)は自分そのもの、というあの感じが自分にも当たり前のように身についていたのだということを思い出します。

仕事のことを一切家に持ち込まないお父さんも世の中には多いと思いますが、我が家は全部持ち込む派で、お陰で、声優界の大御所の皆さんのお名前はすべて知っていましたし、どんなことをどんなふうに発言なさったかまでかぎかっこ付きのセリフのようにうちで再現されていました。母はいつも「聞きたくない」と言っていましたが、とにかく父は全部しゃべらないと気が済まない人でした。

よく、芸事は習うのではなく盗むものだといいますが、それは本当だと思います。師匠の背中を見ると良くも悪くも色々なことがわかります。私は子どもの頃から何らかの芸事をする人を目指していたので、その盗む芸はその頃から始まっていたと思います。Sさんにそういうことも話ましたが、それを自覚している事自体が異常だと言われました。例えば小学生の頃から泣いている時に鏡を見て確認したり、マンガや本、テレビのあらゆるセリフを自分だったらどう言うかというのは常に練習していました。すべてのそういうものは練習台だと思っていました。そして自分の方が絶対いい感じに言える、といつも思っていました。

そういう中で、衝撃的に現れたお手本は大竹しのぶさんや桃井かおりさんでした。他にも当時はすてきな女優さんがたくさん活躍していましたし、テレビドラマも本気で良い物がたくさんありました。最近では満島ひかりさんという沖縄出身の女優さんが「刺すような役者でいたいと思います」と発言なさっていましたがあの頃は刺すような女優さんがたくさんいました。そういうのに刺されることは喜びでした。他にもショーケンさんや松田優作さんや原田芳雄さんや石橋蓮二さんや刺す役者さんはたくさんいて、もっと、もっと、もっと本当のことはないか、もっとリアルな表現はないか、もっと刺さる表現はないかと探すことに必死な人とその人達を活かせる飢えた監督さん演出家さんもたくさんいたと思います。

今はいないわけではないのでしょうが、もうなんというか、そんなものを求めてないのが世の中なのだろうと思います。

近年はショーケンさんもかっこ悪くなった、ヤキが回ったと思われているかもしれないですが、「ショーケン」という本を読むとショーケンさんがどれだけすごい人だったかということがよくわかります。桃井さんが[ショーケンさんに育てられた役者は多い」とおっしゃっていますが、その彼の「見ている」目は本当にすごいなと思います。あれは、愛です。近くにいたら、愛されていると感じてしまうだろうなと思います。彼らのような役者さんが出ている作品て、役者のパワーがすごすぎて、だいたいストーリーとかあまり頭に入ってきません。一挙一動が面白すぎて、頭でストーリーを追いかけることを忘れてしまいます。そしてその感触がじかに潜在意識に刷り込まれてしまうので、シーンや言葉やトーンがそのままある感覚として記憶されていくのです。そういう作品は私たちの意識を変える力を持ちます。演劇も映画も、そういうものがすごいものだと私は思っています。

以前にも書きましたが、高校生の時に、演劇を目指すと決めた私を父が仲間の芝居に連れて行ってくれました。津嘉山正種さんがいた青年座やいろいろ。その時に劇場の客席の重い扉を開きながら「美緒、こうやって劇場に入る前と出てきたあとでは、その人の人生は少しだけ違っているんだよ。それが演劇なんだ。」と言いました。私は今でも芸術とはそういうものなのだと思っています。だから、潜在意識にまで入り込んで、リアルな夢のように私たちの記憶を塗り替えたり、想像力をかきたてたり、人生観に色彩を加えたり、そういう作品が、本物だというふうに信じています。

そしてその作品の多くは娯楽です。その娯楽の中で私たちが培えるものといったら「想像力」だと思うのです。想像力は思いやりとも言えます。思いやりはある種の愛の表現です。

演劇の目的は「浄化」にあると、私は大学の(ダサマの演劇史の)授業で教わりました。神の視線からみた人間界のエゴのドラマに自己意識を同化させて心を開いてそれを観ることで、私たちは自己の内側にあるなんらかの「思い」に気づくことができます。それを実際に実生活の中で行わなくてもその登場人物に寄り添うことで、その思いを感じきり、そして乗り越えたり卒業したりすることができるわけです。実体験に叶うものはないという人がいますが、私は想像力に叶うものはないのではないかと思っています。人間の脳は、リアルに想像したことと実際に体験したことの区別がつかないという特性があります。それを利用したのがヒプノセラピーなわけですが、身体はロボットのように感じたことに反応します。ですから私たちはなにを感じるか、なにを信じるかということが実際どうであるかと同じように重要なわけです。

私たちは想像する生き物です。その想像力を破壊にも創造にも、友愛にも保身にも使うことができます。

苦しい時代になってきたので、真のいい作品が世に必要とされる時代が来るかもしれません。残念ですが、往々にして世の中はそういうものです。そうならないうちに私たちは自らの叡智を養いさらなる発展にエネルギーを使いたいのですが、なかなかそうはなりません。生きることが楽な時代には私たちは心を甘やかし堕落するもののようです。それでも、内側に愛と叡智を蓄えながら養いながら、私たちは少しずつ、後退もしながら前身することでしょう。今日も生きていきます。