沖縄・あったか生活。


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さて、靴下重ね履き生活です。これはまだ4ヶ月を過ぎたくらいです。

これはやはりお客さまの中に何人か取り組みをなさっている方がいらして教えていただいていました。何人かの方が、靴下をサリーちゃんの足(わかります?)みたいに可愛くふくらませてうちにいらっしゃったのが出会いです。

和定食を食べ始めてから少しして、そのことを思い出していました。とりあえずうちにある絹、綿の靴下を2枚重ねて履き、それから本を読みました。進藤義晴先生の「万病を治す冷えとり健康法」という本です。新板も出ていますが私は古いものを読みました。レビューの中に「古いほうが厳しく書いてある」とあったので。厳しく実が詰まっている(厳密な)ほうが私は好みです。なんと80年代に出ていました。あの時代に。それが今になって受け入れられているのは解る気がします。本当におもしろいですし、自分の世界観と非常に通ずるところがありました。元々はお医者さまですがのちに鍼灸をなさっているし、中医学の考えに通じていらっしゃいます。

前回にも書きましたように、冷えというのは上半身より下半身が冷えているということであり、そうなると肉体の生命力は中途半端にしか循環しなくなります。頭寒足熱の反対になるので不健康なわけです。また進藤先生はなにより、心の冷えからの毒を強調なさっています。私も思います。冷えは、毒をためることなのです。どちらが先かといえば、心の冷えから毒がたまり、からだの生命の流れが滞り、さらにあたたまりにくくなる感じでしょうか。

それで、下を温めて上を冷ますよう、外側からも助けてあげます。それが、靴下を重ね履きするということなのです。進藤先生は最低3枚履きなさい、と書いています。冷え取りの達人は6枚、とか、10枚、とか、12枚、という人も大勢います。

私は今は3枚。不調を感じた時は4枚、履いています。(それくらいだとサリーちゃんの足にはなりません。靴も以前通りけっこう履けます)それも、お風呂のとき以外いつも。それで、これを始めると毒出しが始まるということでした。先生用語では「めんげん」と言います。これは主人の世界(鍼灸)で使う言葉だそうです。私のほうはてきめんにめんげんが出ました。なんと、皮膚に湿疹というかただれのようなものが出たのです。私はあまりそういうトラブルが出たことがなかったので驚きましたし、治るのか不安でしたが、多くの方の体験談と寸分違わずしばらくするとすっと治まりました。

実は靴下重ね履きに入る前にもう一つきっかけがありました。これは冷えとは関係ないのですが、主人が手の指に酷いやけどをし、その治療法を調べていて「湿潤療法」をみつけました。やけどといえばひたすら冷やし、薬を塗って消毒し、乾燥させて皮膚の再生を待つというイメージです。私は幼少期にけっこう酷いやけどを何度か経験していますので、治り方の感じも覚えています。

主人のは指の皮がかなり深いところから水ぶくれを作る感じだったので、これは時間がかかるな、と思いました。鍼灸師ですので、手の怪我はご法度です。しかも痛みが強く、眠れそうもない様子でした。冷やしても冷やしても紛れないほどです。夜だったので救急車も考えましたが、いづれにしても明日の仕事には支障が出そうでした。

湿潤療法は、けっこう多くの方が推奨していましたし、お医者さんのサイトもしっかりしたものがありました。要はまず幹部を密閉します。空気を遮断すると、まず痛みが治まります、とあります。主人は絶対信じられないという様子でしたが、試しにラップをきっちりと巻いて閉じると、じっとしていられなかったのが静かになりました。書いてある通りです。

それで、これはやけども傷もそうなのですが、水で洗うだけにして消毒をするな、とあります。体内から出る湿潤液が治すというのです。それをラップで閉じ込めておけば劇的な早さで治癒するそうなのです。受け入れるのにはかなり勇気が必要でしたが、とにかくあの痛みの引き具合が何より勇気と信頼をくれましたので書いてあるとおりにしました。

翌日、主人は嘘のように痛みなく、傷もしっかり覆って、支障なく仕事ができました。そして3日しないうちにほぼ治癒してしまったのです。これは奇跡を見るようでした。

こんなことがあり、人間の治癒力と、その引き出し方について新たな観点が生まれ、それと重なるようにして進藤先生の本を読みましたので、からだに出るめんげんもわりとすんなりと受け入れました。進藤先生んは皮膚にめんげんがでたら、水で洗って、痒ければ掻きなさい、と言っています。以前ならあり得ないと思ったと思うのですが、あのやけどの治療があって、なんとなく私の中では理解できました。

主人の鍼灸も、ヒーリングも、そもそも人間の持つ生命力を引き出すものです。その源泉は意識であり、意識のおおもとが神と呼ばれるものです。進藤先生はこのことにも言及されています。そして、治療はアトラクションみたいなものだとおっしゃっています。まずは大切なことに心を開いてもらうための方便みたいなもので、本当は個々が自身の治る力に出会うことが大切だ、と。この点本当に共感いたしました。つまり、個々が内なる神に出会うことが大切だ、ということなのです。

靴下効果はしかしながら、肉体面にけっこうな恩恵をもたらしてくれました。最初のうちは足がほてって寝苦しかったのですが、真夏の今はそうは感じません。足が温かいので、逆に上半身が冷えても体調を崩しません。変化は前回の記事にも書きましたが、その他にも体型がなんとなく変わったというのがあります。足首がすっきりしました。沖縄へ来てここ数年、歩くことと湯船につかるのが減ったのと、冷えと加齢のせいもあると思うのですが、ストレッチでも筋トレでもヨガでも脚だけはどうしても痩せなくなっていて、これはもう無理なのかなと思っていました。が、全体ではたいして体重は減っていないのですが(それでも減りましたが)脚から痩せるというのは長い人生でも初めてのことのように思います。これはだんなさんの撮ってくれる写真を見るとはっきりとわかりますし、外見にうといだんなさんも断言するほど違いがあります(あくまで当社比)。

私たちの世界では、必ずしも両極のどちらか一方が悪という見方はしません。中庸がいいのです。ですから極端なやり方や、ハウツー方式のセラピーには懐疑的です。でも冷えという意味では、そもそも下が冷えてしまっているのをバランスしてあげる手立てとしてとてもいいように思います。

この暑い時期からいきなりの熱い味噌汁と靴下重ね履きはいかがなものかと思いますが、夏は意外にもとても冷えます。そして冷えの温床を作りますので、何かの改善を求める方はお試しください。

植物性豆乳ヨーグルトに関しては「発酵マニアの天然工房」と言う本があれば仕組みがわかり、安心です。
味噌汁は、菌が生きてる生みそをお選びください。
靴下については冷え取り靴下でググると商品はたくさんありますが、ご興味があれば進藤義晴先生の本はお勧めです。
それから湿潤療法につきましても充分にお調べになってからお試しください。我が家には一応、解剖学、生理学などを学んだ鍼灸師がいますので、自己責任で行いました。現在はこの療法を採用しているお医者様がたくさんいますのでご自身でお調べください。

ちなみにこういった具体的な方法にも、我が家では、基本レイキ、プラスレイキは怠りません。治癒も栄養も療法もすべての力は意識の内なる神から来ます。その力を借りるのがヒーリングです。使える方はすべての場面でお使いください。あまり活かせてないなーという方はご質問いただければお答えいたします。ご遠慮なくどうぞ。

冷え取りとスピリチュアル。


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15年ぐらいの付き合いになる幸福の木が初めて咲こうとしています^^

こんばんは。沖縄はようやく暖かくなったかと思うと、今日は若干暑いです。半袖短パンの方をみかけるようになりました。しかし我が家では、冷えを取るというテーマがありますので、靴下2枚、スパッツにパンツという、下半身二枚重ねを敢行しています。

心身の浄化には常に心がけているのですが、冷えについて突っ込んで見てみるとこれはエネルギーの世界の邪気というものと重なるところが大きいと思いました。実際、鍼灸をしている主人の世界(中医学)では病の原因を寒邪と言います。他にも原因となる邪はあるのですが、このへんは専門ではないのでいつか主人に書いてもらいたいです。ご興味のある方はご質問ください。

東洋医学を勉強すればするほどそうだと思うのですが『これにはこのツボが効く』とか、最近よくある『この症状はこういう意味(メッセージ)』などという見方は単純すぎてなんとも言えません。私も昔はそういうのオタクかというほどの耳学問読み学問好きだったのですが、更に追求していくと結局すべては心に結びついているというわかりました。そして東洋医学でも各邪の更なる原因は心の乱れ(心のエネルギーの乱れ)にあると言います。

それは人間がスピリチュアルな存在、ということと繋がっています。心を更に細かく見ていくと意識の仕組みに行き着きます。人間は肉体とそれに付随するものだけの存在ではなく、無限である意識を本質とする存在だというのがスピリチュアルという世界観です。

私がスピリチュアルのワークという仕事を始めた頃は、スピリチュアルという言葉は普通用語ではなかったのですが、今はスピリチュアルという用語がひとり歩きしていて特殊な能力を軸とする不思議な世界を指し示すようになっているように見えます。確かに目に見えかたちになる世界だけを基準に見た場合、その常識を超える不思議さは存在します。けれどそれは、ただ私たちが仕組みを知らなかっただけのことです。化学反応の実験だって、仕組みを知らなければ手品のように見えます。スピリチュアルの世界はとても科学的で、迷信的なものの仕組みをも解き明かしてくれます。私が好きなのはその点です。見えていなかったものを見えるようにしてくれるのです。

最近振り返って思ったことがあります。私が10年以上この仕事を続けてこられたのは、この仕事が普遍性を持ったものだからだだということです。例えば、自分がスピリチュアルな存在であるということを自覚していようがいまいが、前世を信じていようがいまいが、私のワークは機能します。幸せになりたいと願うすべての人に役立てるはずです。すべての人には感情があり、感覚があり、思考があります。そして人間は肉体がおとなになった後の成長は外側に目を向けるのが一般的です。仕事の成果とか、財産が増えるとか、家族が増えるとか、そういう繁栄が一番のしるしになってきます。ですが本当の成長や前進というものは内面でしか測ることができません。

また外面的な成功の多くは、他の人間との関係、世に言う人間関係の問題と関わります。多くの人が自己実現には個の才能や能力が関係すると思っているかもしれませんが、本当は人間関係であり、その原因は自己との関係になります。内面の問題になります。このように外側の問題は自己の内面に集約できます。

また、人生における成功というのは結局のところ、内面の満足とその満足に対して還す感謝による奉仕で回っていきます。これは純粋なエネルギーの循環になり、その循環は繁栄という副産物を生成します。しかしかたちだけ、見せかけの満足、感謝の循環はどこかで破綻してしまいます。

人生はどこまで行っても、自己との付き合いであり、世界観というのは自己認識であり、追求していくには神という、霊の理想による導きが必要になります。そういった究極のお手本というものを人間は心の中心に見出す能力を与えられているのです。

最初の冷え取りの話に戻りますが、私たちはとても微妙で絶妙なバランスの上に存在している、微妙で繊細なある意味奇跡的な生き物です。心の在り方(持ちようとは違います。)がからだを形成し、周辺の世界も染めてしまいます。通常動物はもう少し安定した状態を保てると思うのですが、人間はそうではありません。心は不安定で変化し続けます。そしてこれでいい、というものがないのです。

まず直立歩行した時点で生き物としてのバランスを崩しました。腰は負担を背負い、足は冷えるようになりました。でもそのおかげで人間はより探求するようになったのです。より良きものについて。この身体はとても不自由なおかげで私たちは想像力を豊かにしました。空を飛んだり、未だ見ない世界をイメージできます。この不安定な感情は、共感によって他者をより深く知ることができます。そして愛することができるのです。

ですから、身体をケアしてあげることはとても大事ですが、完璧である必要はないと私は思います。それよりも、完全で無限であるものを内包する内なる自己にぜひ親しむと、人生はすばらしいものになります。身体はその入口であって魂を運ぶ乗り物でありなにより内側にあるものを実感し表現する大切な無二のものです。この世にあってなにを実感して生きるのかをしっかり選びたいものです。