怒涛の刷新中

みなさんこんにちは。

「RUACH AZUによるヒプノセラピストのための講座」今月から始まりました。おかげさまで、この私のみっちりと詰まった濃厚なエネルギーを、よっしゃとばかりに受け止めてくださる方に恵まれました。

初まってみて改めて思うのは、ああ、本当に教えるとは学ぶことなのだ、ということです。あまりに学びが大きいし多いため、あれ?これまでの私ってまだまだスカスカだったか?と自己イメージが変容してしまうほどです。おかげさまで意識が若返りを速めています。

集大成などというものは幻想なのだとつくづく思い知らされます。

いろいろな認識を整理することになっているのはもちろんです。ですが、整理されたものとしてお渡しするのではなく、私の中で最大限に生きているものを伝授させていただけることがなにより幸せですし、大切なのだと思っています。アチューメント、というわけではないのですが、エネルギー的にはそうなっているように感じています。

お受け取りくださっている親愛なるおふたかたと、導きくださった大いなるものに感謝としか言いようがありません。おふたりとも、飛行機で来てくださる状況で、本当に、頭が下がる思いです。

セッションにも私自身の変容がダイレクトに反映されているのを感じています。講座の生徒さんから「AZUさん、辞めるわけではないよね?」と言われました。始めたときも今も、エネルギーにお任せの私なので、「あれ?そうなの?」とも思わないでもありませんでしたが、閉じる予定はありません(笑)。が、セッションとは本当にその瞬間のご縁なので、神のみぞ知る、ではあります。私のからだと人生はすでにそこに預けてはいるつもりです。

感謝とともに

AZU拝

癒されるべきものはなにか

あなたがいったん自己の癒しに取り組み始めると、世界は逆転を始めます。癒しというのは修復ではなく、魂の前進です。

多くの方が、癒しはトラウマや失恋やストレス、家族問題、人間関係の不和、病気、人生が思うようにいかない、などに対して必要だと感じていることと思います。しかし本当に癒されるべきなのは、あなたの内にある『刷り込み』された誤った価値観です。

過去の体験による刷り込みは私たちに『学び』をもたらします。その学びが潜在意識に刷り込まれていきます。私たちがもっとも多くを学ぶのが0才から3歳と言われています。ですから私たちはほとんど吟味しないまま多くを身に着け、そのまま大人になっても吟味されない価値観をもとに世界を推し測るのです。

大人になってもそれを修正する機会はもちろん与えられます。しかし元々持っている価値観がすべての基準になっていますので、それを自分で修正するのはとても難しいのです。さらに潜在意識には、過去世から持ち越してきた価値観も刷り込まれていて、やはりそれが『普通』になっています。ですからそれらを問題として捉えるのは難しいことです。

一番わかりやすい修正の機会は、ものごとが破局したり文字通り地面が崩れ落ちるような、世界観そのものをくつがえすような体験をした時です。大失恋とか、破産とか、大事故とか、大病とか。ですがその時には多くの方が状況への対処に追われてしまうので、まさか必要なのは癒しだなんて、ほとんどの人は気づかないのではないでしょうか。

直観や直覚の優れた、霊的な徳(良いカルマ)を持つわずかな人が、「もしかしたら問題もそれを解く鍵も、私のなかにあるのかもしれない。必要なのは内面のエネルギー(意識)を見直すことかもしれない。」と、導きをキャッチして、探求するところへと辿り着かれるということなんだなーと昨今の私は思います。

かくして私も導きをキャッチできたことを今では自分に感謝しております。いえ、ほとんどそれは目をつむったまま手に触れた何かを掴んだ感覚に近いものでしたが。それでもあの時のあの状況からしたら上出来だったと心底思えます。

いったん癒しへの取り組みが始まっても、明確な方向性や全体像が見えたわけではありません。すべてが手探りでした。手探りだったからこそ、手に触れたものを必死でしっかり掴んだのだと思います。もしもっと何かが見えていたとすれば、手を抜くか、興味を失うことだってあり得たと思うのです。

多くの皆さんが私に寄せてくださるたくさんのご質問に私はお答えし続けてきました。いつもお答えできるのは、そんな風に私自身が通り抜けて来た道であるからに他なりません。最初から明るい道しるべなどまったくありませんでした。だからこそ私は、ひとつのしるしも見失うまいと目を凝らし全力で試したのです。試すと書きましたのはまさに、良きことと感じられるというしるしをみつけ、行うこと、自分に施すことだけが本当に重要だからなのです。

癒しに取り組む道のさなかに、多くの皆さんがお感じになるように私も「なぜ自分だけがこんなことに人生を費やさなくてはならないのだろう。みんなが自分の人生を謳歌しているというのに。」というような気持ちを感じました。

その答えが冒頭に書きましたように、「癒しは修復ではなく魂の前進である」なのです。正確には、修復されるべきものはあります。それが『誤った価値観』です。

つまり癒しに疑念を持つ間、私は癒される必要があったのです。癒されてくると『私たちにはただ前進という変化があるだけ』だという真実が理解できるようになります。

癒されないうちは、私たちの世界には前進や後退や停滞があり、被害者と加害者がいて、勝者と敗者が存在し、成功者と敗北者と、支配者と被支配者がいます。癒しが進むとそれらは単なる現象や状況や側面だということが理解できるようになり、それらは外側にいるのではなく、内側にあるのだとわかるのです。そして人生はそれらの状況を体験しながら常に気づき、前進するために存在しているのだと悟るのです。

繰り返しますが、あなたが修復される必要はありません。あなたが損なわれることはないのですから。あなたが誤って身に着けている価値観だけが修復されるよう、内なる神とあなたの心の白日の光のもとにあなた自身を差し出すことが必要です。

あなたが被害者や加害者であるという、勝者や敗者であるという、眼前を覆う闇をはらう決意をすることです。しかし闇が完全にはらわれるまで何かを待つ必要はありません。あなたがあなたらしくあるというその人生を毎日踏みしめて歩けばいいのです。その行い(体験)こそがあなたを芯から強くし、美しく花咲かせるパワーになるからです。

毎日、毎瞬、精いっぱいのあなたらしく咲いてください。その今の連続が人生であり、その今が次の今にパワーを呼び込むのです。


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