日常私が気をつけていること、完結編。

潜在意識というとなにか特別な感じがしますが、ここには幼少期のとても吸収力のある時期にインプットされた記憶の貯蔵庫のようなものだと書きました。もう一つ非常に繰り返されたことにより刷り込まれた記憶もここに入ります。職人や技術者、芸能芸術家などの鍛錬によってからだが覚えることも、ここに入ると言えると思います。才能の領域もここです。

出来事から心に強くショックを受けて、その感じ方の経路が習慣になっていることをトラウマと言います。また、行動すること、行為の結果を恐れることから特定の行為を無意識的に避けるような習慣をブロックと呼んだりします。これはトラウマの後遺症のように捉えることもできます。いずれも習慣です。

自分を幸せにする習慣をポジティブエネルギーと呼び、幸せにする行為や思考がブロックされていて停滞していることをネガティブエネルギーと言ってもいいかもしれません。人はひとりでなんでもできるようになる必要もないですし、みんなが何に於いても優秀だったり及第レベルだったりする必要もないと私は思います。私自身、できないことだらけな人間ですし、そうであることを自分に許して許しまくっています。ポジティブとネガティブというのも表裏一体で、一般に言われるポジティブシンキング自体には大した威力はないと思います。ですが、真の幸せに近づくか遠ざかるか、という点においては普遍の原則原理が存在しています。

ではネガティブな習慣の元はなにかと言えば、恐れに反射する習慣です。

ですから私が日常気をつけていることと題して2つの項目を上げましたが、この2つは根っこはひとつのことを指していると言えます。恐れに支配されていないか、その恐れの反射から無意識的に身についている習慣はどれか、という問いかけ、見直しが要点です。不幸な習慣は恐れの発展形だということです。

さて、私たちの内面は日常過ごす時間にどのような意識のエネルギーにとらわれているか。家事やら仕事やら家族だんらんやらの時間、意識はなにをしているのか。

多くの人が攻撃と防御をしていると知ったらどうでしょう。何のためにそんなことをするのか。それが、恐れに対処している状態だということです。

この恐れは肉体を持って生きている限りつきまとう本能です。放っておけば、外界からの刺激に対して習慣的に攻防し、意図的にそれをやめなければ攻防戦は激化していきます。そうでなくて、もっと人間らしく生きるにはどうすればいいのか。自分の内面を見張るのです。意識し、なにをしているのか観察し、自分に話しかけ、問いかけ、気づくのです。瞑想というのは最も意識を濃厚に意識して過ごすことです。そして、外側の意識に囚われずに、ずっと奥にある真の自己を発見し、親しみ、ひとつになるのです。そしてこの瞑想を、日常に持ち帰ります。するとそれまでの自己の行い、行為、内面のエネルギーが何をしていたかわかります。どれだけ習慣と思い込みにコントロールされていたか、恐れに条件づけられたロボットのように生きていたか、心が硬く不自由で特定の反射のなかで生きていたかが見えます。

習慣はただ頭で見張ってもそこから自由になることはできません。私たちを習慣から自由にし、魂という無限の領域へ連れ戻してくれるのが瞑想です。なんとか3話でここまで進めることができました。おつきあいいただきありがとうございます。

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日常私が気をつけていること、続き。

さて、習慣と一口に言いますが、私たち人間は幼少期のとても吸収力のある、成長率の高い時期にあらゆる体感、五感を使ってその感触を記憶しています。これがインナーチャイルドです。歯磨きが好きか嫌いか、ということひとつとっても、この歯磨きという行為に様々な思い出のような記憶がくっついています。

幼い時にお母さんと楽しく歯磨きをして、とても褒められて、気持よくなって、きれいな歯になって、学校に行ってもみんなに褒められた、というような体験があれば「私は歯磨きが好き。歯磨きが得意。歯磨きってとっても重要で、良いこと。」というふうに認識されます。

そして一生続く歯磨きという行為は自分に幸運をもたらしてくれる行為となり、毎日費やすその時間はポジティブなエネルギーを帯びる時間になります。

毎晩歯磨きの時間になるとお父さんが不機嫌に帰ってきて、お母さんが緊張したり忙しくなってイライラしたり怖がったり、というようなことが繰り返し起こるとすれば、歯磨きは不吉な予感とセットで記憶されます。そのうちお父さんが酔っ払ってお母さんに大きな声で文句を言い始め、お母さんのつらそうな顔を見ながら心配な心持ちでお布団に入ることが続けば、夜眠ることは心配と不安とセットで記憶されます。

おとなになってこういった環境から脱出できても、歯磨きやお布団に入るという日課はこういった記憶を感覚的に呼び覚ますスイッチになります。そうすると、歯磨きは気が重い、お布団に入るとき心配事や不安がよぎり、眠れない、考え始める、などという現象が起こります。あるがままを楽しむことへのストッパーがかかります。

しかしその原因がまさか、幼少期の歯磨きの記憶だなどというふうには気づきませんから、なにかきっと現在の生活や人生や自分の中に問題があるはずだ、というふうに、少し突っ込んで考える方なら思うでしょう。そして問題探しが始まります。現在のだんなさん、子ども、仕事、会社の人間関係、何かを変えれば問題が解決する、或いは自分の心の中に悪いところがあって、ポジティブになれない。性格を直さなくては、というように考えるようになります。

もしくは意識の仕組みを勉強なさった方であれば幼少期のトラウマが原因で今の自分のようになってしまった、と思うかもしれません。しかし、トラウマが原因、というより、その記憶の仕方自体が誤解なわけですから、大事なのは自分自身の誤解を解いてあげることとなります。これがヒプノセラピー、インナーチャイルドワークです。小さい頃の私はものごとを精密に捉える事ができずに、お布団恐い、歯磨き恐い、というふうに誤解をそのまま受け入れて信じ続けてきた、というのが正確です。しかもその誤解は人間誰もがして当然で、誰もがそのことに気づかない限り今でもその平然と誤解の上で様々な認識や判断をし続けていることになります。

人間関係、コミュニケーションが難しいことの原因もこの点にあります。私が私自身を誤解していることに気づかないまま、他者を理解するのは至難の業です。

誤解を解く、というのは気づきのことに他なりません。自分が思い込んで信じてきたことが本当はそうではなかった、だとしたらその道すがら信じていたことを前提に判断してきたことは意味がなかったし間違いだらけだった、と認めるのはショッキングなことです。ですがこのショックこそが古い概念の崩壊の音色です。そして崩壊のあとには風が流れ光が射します。

習慣を見直すというのは古い自己意識の概念、信念を問い直し、誤解に気づき、返上し、過去の自分の誤ちを(真の自己に)赦してもらうことです。このプロセスが癒しです。

さらに続きます。