怒涛の刷新中

みなさんこんにちは。

「RUACH AZUによるヒプノセラピストのための講座」今月から始まりました。おかげさまで、この私のみっちりと詰まった濃厚なエネルギーを、よっしゃとばかりに受け止めてくださる方に恵まれました。

初まってみて改めて思うのは、ああ、本当に教えるとは学ぶことなのだ、ということです。あまりに学びが大きいし多いため、あれ?これまでの私ってまだまだスカスカだったか?と自己イメージが変容してしまうほどです。おかげさまで意識が若返りを速めています。

集大成などというものは幻想なのだとつくづく思い知らされます。

いろいろな認識を整理することになっているのはもちろんです。ですが、整理されたものとしてお渡しするのではなく、私の中で最大限に生きているものを伝授させていただけることがなにより幸せですし、大切なのだと思っています。アチューメント、というわけではないのですが、エネルギー的にはそうなっているように感じています。

お受け取りくださっている親愛なるおふたかたと、導きくださった大いなるものに感謝としか言いようがありません。おふたりとも、飛行機で来てくださる状況で、本当に、頭が下がる思いです。

セッションにも私自身の変容がダイレクトに反映されているのを感じています。講座の生徒さんから「AZUさん、辞めるわけではないよね?」と言われました。始めたときも今も、エネルギーにお任せの私なので、「あれ?そうなの?」とも思わないでもありませんでしたが、閉じる予定はありません(笑)。が、セッションとは本当にその瞬間のご縁なので、神のみぞ知る、ではあります。私のからだと人生はすでにそこに預けてはいるつもりです。

感謝とともに

AZU拝

準備ができたら

心と意識、エネルギーのことをお仕事にしてからというもの、
メニューとして世に出すときにはいつでも、
自分からというよりはおきゃくさまのほうから
○○はやっていないのですか?というふうに
お問い合わせをいただいてきました。

誰にも言わずにこつこつと準備していると
おそらくエネルギーの準備ができた頃に
そろそろ提供してくださいね、というふうに
声をかけていただけるのです。

声がかかっても実現できていないものもありますが、
メニューにしているものはすべて
そうして引き出していただいています。

そしてそろそろ、これまで多くの実体験とセッションのなかで
培われてきた様々な学びを、
みなさんにシェアできたらなぁという思いが育ってきたこの頃、
「AZUさん、講座とかセミナーはされていないんですか?
お話がすごくわかりやすくてよかったから」と、
タイムリーに声をかけていただけました。

このテーマについては、ずっと長いこと熟慮してきました。
私は人に教えることは得意のようです。
図らずもいろいろな場面で先生をさせていただいてきています。
妹が「うちの家族はみんないつの間にか先生になってる」と言います。
若いころは「自分はプレイヤーでいたい」などと考え
人に教えるなどという行為をすれば、表現者としてのエッジが鈍るのでは、
という気がしていました。

今は自分の中にエッジを必要としなくなり(笑)
教えるというよりは伝えることの重要さに
非常に価値を感じています。

世の中では資格を取ると自動的に人に教える許可が出る、
みたいに捉えられる風潮を感じますが
私の中では、繰り返し鍛錬されて自分の中の様々なレベルにしっかりと定着し
どこから切り込んでも同じ真実にたどり着くようになると
それは叡智のレベルと一体化してきて
自然に誰かに伝わるレベルに達するようになる、と感じています。

セミナーという言葉は実は自分があまりなじみがありません。
調べてみると、講座もセミナーも、大学の授業を指す言葉のようで敷居が高いです。
しかしお茶会、というような
エネルギーのベクトルが明確でない設定も好みではありません。

そういったエネルギーの設定などを今模索しております。
私にとって何かを創造するとき、一番大事なのがこの点です。

明確で破たんや滞りや嘘がなくしっかりした枠組みと受け皿を作ることができれば
私の注ぐエネルギーは漏れたり立ち消えたり間違ったところに降ろすことなく
必要なところに必要なだけ流れてくれます。

一般的にはコンセプト、と呼ばれるものかもしれませんが
私の場合は自分のエネルギーにより気を配ります。
外側をいくら作り込んでも
内面の波長とそぐわなければエネルギーは調和しないからです。

そんなことを地味に検証しながら、
自分の50代からの人生のイメージと重ねつつ楽しんでおります。
なにかリクエストがありましたら教えてください。

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