うちにあって宇宙であるひかり。

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幸福の木、こうなりました。開花まであと少しのようです。


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ヨガマットにねっころがって軽く瞑想しました。私は目を開けたまま瞑想するのが好きです。白っぽい天井にやがて、金色の網目が見えてくるのでそれを見るのです。心のなかで根源なる神に呼びかけながら。

瞑想が深くなるとこの光はどんどん強くなります。普段見えている景色は網目の光に圧倒され遠のいていき、網目はどんどんくっきりしてきます。こうなるとほとんど映画のCGの世界のようです。これをみていると、世界は本当はこっちなんだと思えます。この網目は全宇宙に張り巡らされ、そのエネルギーにかぶさって物体が存在しているのです。この光から栄養を送られている感じです。ですから祈りが通じないわけはないし、そもそもあらゆる思いはこの網目に筒抜けなのです。

今回は周りが見えなくなるほど強くなっていって、さらに金色の網目の周りが非常にくっきりとしたブルーで縁取りされているのが見えました。沖縄の真夏の海のような真っ青な青です。それからこれは以前から見えるのですが、網目の所々に渦が浮かんでいます。光を巻き込んで、小さな竜巻のようにくるくる回っています。金と青と渦で空間が埋め尽くされ、わ~どうなっちゃうんだろう、と思っていると普通に戻ってきました。

光を見ている間は特にトランス状態の感覚はなく、ただ、こっちが真実なんだなーと自然に受け入れていて、聖なるものに感謝していたり、ああよかった~という、ただそれだけ、のような気持ち(?)になります。そして、3次元のお部屋に戻ってくると、あれそうだったっけ、というような気分になります。でもどちらも衝撃的ではなく、とても普通なテンションです。ただ、静かに移動するような感じです。

クライアントさんと対面していると、みなさんの頭の周りは仏像のようにこの金色の光で包まれています。最初お部屋にいらしたばかりの時は見えないこともあります。でもお話していて、そっか☆とか、ああそうなんだ☆とか、よかった~☆という気づきや納得や解けた感じを体験されたり、共感し合ったりしていると、ピカっとパチンコ球が弾けるような光が飛んで、しばらくすると金色の後光が射し始めます。

誰もが奥に持っている内なる意識の光が、覆いを破って弾けるんだと思います。それが気づきなんですね。すると、これまで塞がっていた道が開けてきます。そうだ、こうすればいいんだと思えたり、今までと違う見方が出てきたり、やってみようという楽しみな気持ちが出てきます。そうすると人間は自分で進めます。自分で進める、と実感できるとき、人間には喜びが湧きます。自分が創る、自分が変えられる、選べる、という感覚。それは気づきと受容と理解によって開かれます。

みなさんが本当に気づいて納得して腑に落ちて希望が湧いてくると、金色は輝きを増します。それは単に元気になるというより、魂を思い出すということなのだと思います。魂の喜びは、愛を感じることです。そうだ、私は魂だった、魂ってこうだった、そうだ、私は愛でいいんだ、という感じです。愛はきれいな行いだけではなく、一見愛に見えないものをも受け入れ受け取り赦すことであったりもします。でも、そうすればいい、とわかった時、人間にはパワーが湧くのです。

私にはこの他にもよく考えれば不思議なことがわかったりもします。いわゆる小さな予知は普通になってあまり驚きません。これから会う人のエネルギーがある程度わかっていたり、遠隔でも相手の方のエネルギーの状態や時には心情やカルマ的なことやブロックがわかったりもします。それらの片鱗がただわかるということですが、あくまでセラピーに役立つ範疇でしかわかりません。そしてそれらも網目が真実であると思えばあまり不思議なことはありません。とてもゆっくりとこつこつ進んでいるので変化に馴染んでしまいました。

それよりもセッションにいらしてくださった方や家族や周囲の人の気づきや発見や前進のほうに断然興味があり喜びがあり驚きがあり感動があります。

いつのまにかこういうふうになって、私(の魂)は私をこういうふうにしたかったんだなぁと時々思います。もちろん、もっとという気持ちはありますが。もっと、のあとを言葉で表すなら内側と直通になりたい、という感じです。内側というのは、神のことです。